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2回目訪問も会えなかったけれど【2012.09】
特別養護老人ホーム 山岡 睦

 ある日、リビングで何かを眺めている武雄さん(仮名)。覗いてみると、それは川戸さん(仮名)からの手紙だった。早番の田村さんに、「便箋頼んでなかったか?」と聞いたと言うことだった。前回の通信でも書いたように、若い頃からの親友の川戸さんの自宅を7月に訪ねたが、あいにく留守で会えなかった。その川戸さんから手紙が届いたのは一ヶ月ほど前だった。その際、すぐに返事を書いて出したのだが、武雄さんはそれを忘れたようで、しまってあった手紙を見て、返事を書かねばという思いになったようだった。実はすでに返事を書いて、私からの手紙もを添えて出したのだということを伝えると、「そうだったか…」と言いつつも、“手紙”と“川戸さん”が気になる様子の武雄さんだった。
 前回会えなかったのでそろそろリベンジのタイミングかなぁと感じ、日程を決めるためシフトを確認する。ちょうど川戸さんが指定した水曜日に私がフリー勤務になっている日がある!ここを逃すまいと調整をとった。
 あまり早く予定を言うと、武雄さんは気にして落ち着かなくなってしまうので、言うタイミングも見計らっていた。予定の前日、病院受診があり、暑い中通院した。武雄さんは病院を出ると「100円店あるのわがるか?」と、ポケットから財布を取り出しながら言う。心がモヤモヤすると体の不調を訴える武雄さんが、受診よりも買い物を楽しむ気持ちで外出できるのは嬉しい。武雄さんにとっては病院受診の内容は気になっていないようだ。100円ショップで羊かん2本と黒飴をひと袋買った。
 通院の往復の車内で、ずっと話し続ける武雄さん。今なら話せると思い「明日さ、もう一回川戸さんのところに行ってみない?私時間とれるからさ!」と切り出した。「んだか?」とあっさりな感じで返事が返ってきた。でもそこから川戸さんの話を楽しげに始めた。「出かけるのいつだった?この羊かん(土産に)持っていくか?」とも話す。「わー!お土産持ってく気持ちだ!」と嬉しくなる。いつもなら、買ったものはスタッフや利用者に配るか、ほとんど全部一人で食べちゃうのに。川戸さんのところに、という話をしたことで、思いがけず買い物も繋がった。さて、明日はどんな外出になるだろう?と楽しみになった。
 当日は朝から、「今日どこさか行くって言ってたな?」「誰と行くんだった?」と私を探す武雄さん。時間帯を考えて、夕方くらいに行く予定にしていたが、ずっと待っている武雄さんを見ているとなんだかこっちも落ち着かなくなり、少しだけ早めに出かけた。お土産にケーキを焼き、袋に入れて渡すと、いつの間にかその中に昨日買った羊かんが入っていた。しっかり“お土産”を忘れていない武雄さんを見て、「今日こそは会えるといいなぁ」と思った。
 川戸さんの住む、北上への道中、武雄さんは色んな話をしてくれる。「今日は会えるといいなぁ」と呟く私に「んだなぁ」と武雄さん。でもなんとなく、「もし今日も会えなかったらすごいなぁ・・・でも私の場合、なんだかそれも有り得そうだな」とも思っていた。
 頭に入れた川戸さん宅への地図を辿り、細い道を曲がる。目印の自転車はあるか!?と武雄さんよりも私の方が必死。訪問は水曜日か日曜日に、と言っていたのに自転車はなく・・・玄関には“柴田医院”と書かれた札がかけられていた。「病院!!・・・今日に限ってかぁ・・・」と肩を落とす私。「いねんだなぁ」と武雄さんは前回同様、まるで動じない感じ。「今日こそは会いたい、病院なら終わり次第帰るだろう」と予測して、 北上市内をドライブし、お茶をしたりしながら時間を潰すこと にした。北上はホームグラウンドなので武雄さんはあちこちナビをしてくれて色んな話もでる。適当なところで「そろそろいいんでねが?」と戻るのを促してくれる。
 一時間半程して戻ってみるが、まだ帰ってきてなかった。仕方なく車内で待つことにする。しばらく待っていると、近所の方が声をかけてくれた。「山さん待ってるの?病院なら帰ってくるかもしれないけど、出かけると遅いときは本当に遅いっけよ。あんた達、待ってるの見てちょっと可哀想になってね」と親切だった。もう少し・・・と粘ってみたが帰ってこない。
 武雄さんは車を降り、玄関の方に行って戻ってきた。そして「諦めたか?」と一言。「え!?武雄さん次第だよ〜」と笑って返したが、よく考えてみると武雄さんは落ち着いていて、待っているのは私のような気がしてきた。武雄さんは私次第という感じだ。「じゃあ18時まで待って来なかったら帰ろう。でもまた来よう!次は来る日を書いていこう!」と力む私に「んだな」と武雄さんはなんだか余裕。帰りの車内では「残念でしたなぁ」と笑っていた。武雄さんを川戸さんに会わせたいという思いで来ているのだが、彼らは独特の何かで繋がっていて、会えようが会えまいが同じ事のような感覚がある。会えない事に焦り、やきもきしているのは前回同様、私の方だ。繋がると言うことに関して、私は表面的、直接的で、彼らはもっと深いところでも繋がれているように感じる。会えようと会えまいとそんなに大差ないという感覚は私にはほど遠くて解らない。川戸さんに会うことはすでに私のテーマになったかのようだった。
 「ごめんね、付き合わせて」と思わず謝ってしまった。そんな私に「またあるんだ」と穏やかに笑う武雄さん。そのうち会える、また会える・・・武雄さんには心の中に“また会える”というその確信がある。私は会えなかったから残念とか、失敗だったとか、成果なしとか感じてしまうのだが、前回から感じたことだが、武雄さんは会えなくても、手紙や、おみやげや、待っている事などを通じて川戸さんと繋がっているように感じる。会えなくても繋がっているので、実際に会わなくてもいいのかもしれない。
 目に見えないものにしっかり支えられていると、もう少し心に余裕が持てるのだろうか。携帯やメールなどで常に繋がれて、便利な時代を生きている私には、目に見える約束がないと不安になり、余裕がなくなってしまう。大事な何かが抜け落ちてしまっているような気がするなぁとふと思ってしまった。  
 
 またもや会えなかったけど、ユニットの中にいるとどうしても武雄さんとゆっくり話をしたり、やりとりをする時間が取れず、寂しい感じになってしまうのがずっと気になっていた。そのことを考えると、受診を含め、こうして一緒に外出することはすごく大事な時間なんだと思う。しっかり診てもらったかどうか、とか、会いたい人に会えたかどうか、とか、目的が果たされたかどうかが重要なのではなくて、“一緒に出かけること”に、そこでなされる何気ないやりとりが、実はとても大事なことなのだと感じる。そういった時間を大切にしながら、これから武雄さんと出かける機会を丁寧に味わっていけたらと思う。
 
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