繋ぐ【2012.09】
デイサービス 千枝 悠久

 先日、柳田国男国際フォーラムがゆかりの地遠野で開催され、私は里の研修として2日目に参加した。「遠野物語」が話の中心だったが、私は物語の持つ「繋ぐ」力を感じた。
 遠野物語の中に、気が狂った息子が、母親を殺す話がある。この話の最後、母親は、自分は息子を恨まずに死んでいくから息子のことは許してくれ、と周りに言い残して死ぬのだが、以前この話を読んだとき、私はなぜだか笑えてきた。笑う要素などかけらもない話なのだが、なぜか笑ってしまった。
 自分でもなぜ笑ったのか不可解であったのだが、今回のフォーラムで、この話の解釈の一つが紹介されて納得できた。最後の母親の言葉は、死んでなお母の愛で息子を縛ろうとするためのもので、だから息子は狂うしかなかった、というものだ。物語の解釈というのは読み手の自由であり、一つに決まっているわけではない。だから物語は、様々な解釈をゆるし、様々な物事を繋ぐことができる。物語の持つ懐の広さに触れ、そこに癒しを感じ、自然と笑いが私の中に生まれたのだと、そう納得することができたのだ。
 里の利用者さん達にも同じような「繋ぐ」力がある。デイの利用者、政雄さん(仮名)は、「ここら一帯は奥中山まで、俺が全部開拓したのだ。」と、1日に何度も話す。私は、初め、何度も話されるこの話に対して、自由な解釈ができず、辟易することがあった。それでもこの話を何度も何度もし続ける政雄さん。そのうちに、私に、この話の持つ「繋ぐ」力が感じられるようになってくる。政雄さんのように開拓をしてくれた人達がいたからこそ、今の私達の暮らしがあり、そういった開拓者達と私とは繋がっているのだと感じると、開拓者達、そして政雄さんに感謝することができるようになった。
 道子さん(仮名)の持つ「繋ぐ」力は、笑顔だ。道子さんは、「アンタのこと嫌い。」と言ったり、なにか頼まれれば「オラやんたよ。」と言ったりと、その言葉自体は、冷たいことが多い。けれども、それらの言葉は、暖かな笑顔とともにあって、そのことによって言葉の自由な解釈をゆるしてくれる。どんな言葉も、笑顔に「繋ぐ」のだ。道子さんの笑顔の前では、それぞれの言葉の持つ意味など本当に小さなものでしかなく、恐れることなく繋がる ことができる。だからか、道子さんの側には、スタッフ・利用者の別なく、自然と誰かしら引き寄せられている。そうして、自然と笑顔を引き出されている。最近、里のデイで流行っているオセロにも、「繋ぐ」力がある。里オセロには、一つ、他にはない決まりがある。それは、「タダ置き」というものである。オセロでは、裏返せるところに置かなければならず、自分の番に裏返せるところが無い場合、パスをして、必ず相手を裏返すか自分が裏返されるかということが起こる筈である。ところが、「タダ置き」は、裏返せるところが無い場合には、自分の好きなところに、ただ、コマを置くのである。この決まりが、いつのまにか始まり、皆のなかでの共通の決まりになっていた。
 「タダ置き」があることによって、面白いことが起こってくる。本来であればパスしなければならず、それによって大差になってしまう筈の勝負も僅差になる。タダ置きが上手く働くと、負ける筈だった勝負でも大逆転が起こる。こうなるともう、白黒はっきりしない勝負になってくる。
 決められたルールがあって、それに従わなければならず、勝ち負けをつけるために必ず自分のコマが裏返されたり、相手のコマを裏返したりしなければならないのがオセロだ。それはまさに、私自身が生きる上で縛られてしまっていたことのようだった。
 「タダ置き」は、相手のことも自分のことも裏返すことなく、自由に自分がそこに在ることができるのだということをイメージさせる。勝ち負けなど簡単に越えられるのだということに、私を繋いでくれたように感じて私は随分救われた気持ちになる。
 柳田国男は晩年、来訪者に対して何度も出身地を確認する質問を繰り返したという。それは、若いころから初めて会った相手に出身地を尋ね、その地名に関連する知識を披露するということをしてきたからだという。出身地を確認する質問が、柳田国男の「繋ぐ」力だったのだろうと思う。そして、遠野物語は、そんな「繋ぐ」力に導かれて書かれたものだったのではないかと思う。
 私は、物語が好きで、多くの物語を見聞きしてきたつもりだった。けれども、物語の持つ「繋ぐ」力をいつの間にか感じられなくなり、縛られてしまっていたようだ。だからこそ、里の利用者さん達の「繋ぐ」力に、私は癒しを感じているのだろう。フォーラムに参加し、里のデイサービスの日々から、そんなことを考えた。
 
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