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訪れた秋の春―勝利の秋【2012.09】
施設長 宮澤 京子

 4年前、銀河の里の職員、高橋健君は、岩手医科大学の修士コースに入った。これでドクターになれるかと思ったのだが、医学部の教授には成れるかもしれないが、ドクターになるには医師法からして学部卒業が条件だと言うことだった。勘違いだったが、これは悔しかった。こんなことがなかったら、はたして医学部を受験するなどという暴挙を選んだろうか。ともかくそこから意地になって受験闘争が始まった。1年目、2年目もダメだった。先の見えない厳しい状況に追い込まれる。もういいのではないかとあきらめかけたが、3年目に突入した。そしてこの春もダメだった。さて本気で撤退を迫られるところだが、最後に本格的に東京の医学部受験専門の予備校に行ってみて、ダメだったらあきらめようと、上京して最後の戦いが始まった。
 しかしその時点で私は妙に合格を確信していた。不思議な事が立て続けに起こったからだ。春4度目の挑戦が決まってから、満開の桜が私の行くところ行くところで迎えてくれた。意図せずして、満開の桜にこれほどあたるものだろうかと驚いた。 4/7には研修で出かけた東京で千鳥ヶ淵の満開の桜にあたった。翌日4/8は荒川線神田川沿で、雲一つない青空に満開の桜並木を歩いた。一緒だった友人も「東京で、こんな贅沢な花見が出来たのは、はじめて」と喜んでおり、私は空を見上げて「やったぁー」と「勝利」を確信する気持ちで、一人舞い上がっていた。
 岩手に帰ってきて、4/28の北上展勝地では夜桜が満開だった。翌日はサイクリング道路を自転車で走って、太陽の下で展勝地の桜を満喫した。5/5の遠野サイクリングロードでは、私が来るのを待って迎えてくれたような桜並木が10kmも続く中を走ることができた。そして、ゴールデンウイーク中、我家の山桜と梨の花が例年になく咲き乱れ楽しませてくれた。しかし、何といってもハイライトは、5/21大槌の金糞平(かなくそだいら)にある一本の老木桜だった。震災後の警備の関係なのか、途中で道は通行止めになっていた。それでも気になって、数キロの山道を歩いて老木桜に向かった。5月も後半だか、桜はまだ咲いていた。しかも何ということだろうか、葉の出はじめた桜の木は全体が紅葉のように赤く染まっていた。これで合格は秋だと私は確信をした。金糞平の5月に咲いた紅色の桜は、暴挙のようなこの戦いの全てを象徴する物語のようだった。大槌の山の奥で私はひたすら感動に耽った。ただこれらの一連の出来事は合格までは胸に秘めておき誰にも語らずにいた。語ってしまえば怪しい世界の出来事だからだ。
 上京して半年、受験体制は今までの闇雲で曖昧な感覚を脱して、状況や、位置付けがかなり明確な中で作戦が成り立ち、戦略が明確になっていた。そして、いよいよ、9月3日の受験日が迫ってきた。その前日、朝起きて、2階の窓から外を眺めると、そこにはいつもの梨の木があるのだが、ふと目に入ったのは、なんと梨の花だった。「嘘だろう、季節間違っている!」とつぶやきながら、驚いて窓辺に寄って確認するがどう見ても梨の木に、可憐な花が咲いている。東北に異常な猛暑が続くこの時期に花が咲くものかと目を疑う。でも目の前に実際咲いている。春に、上京しての受験体制を決め、壮行会で飲んだとき、「桜じゃなく、紅葉だ」などと冗談で笑っていたのだが、最後は梨の花とは思いもしなかった。
 試験の翌日、そっと窓辺に寄り、「散っていたら・・・」という不安もありつつ、目を凝らして見ると、何とあっちにもこっちにも花をつけ、ほんのりと梨の木全体が白くなっているではないか。春の芽吹きを越え、残暑の中を蕾のまま、じっとこの日のために待っていたのかと思うと胸が熱くなる。

 ・春の満開の桜のオンパレード
 ・5月、金糞平の桜は紅かった!
 ・猛暑のなか、季節外れの狂い咲きをしている我家の梨の木!

 ここまで起こって、現実で不合格はあり得ないと確信があった。 それは明らかになった!9月6日 午後5時 合格の連絡が入った。
 賭けた4年間・・・苦しみながらも見事に咲いた!
 奇跡は起こる。狂い咲きした我家の梨の木だってそうだ。
 「奇跡じゃない間違いだ。世の中、結構間違いは起こる」と理事長は云うが内心ほっとして喜んでいるに違いない。
 百人一首の在原行平の和歌「立ち別れ 因幡の山の峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来ん」の歌が重なる。(別れて因幡の国に行っても、この山の峰に生えている「松」のようにあなたが待ってくれているのを知って、私は帰ってきた) 我家の梨の精は、「みんなが合格を待っているから、たとえ私は狂った季節であろうと花をつけ、このうれしい知らせを届けましょう」と、精一杯、見事に咲いたように感じてならなかった。
 誰しも、確実な話には飛びつき、群がる。単純で、わかりやすい。海のものとも山のものとも、本人も周囲も、誰にも解らない、理屈ではない何か、勝負に値する何か、命賭けて納得できる勝負。そんな賭けに出るのは勇気が要る。そこにこそ男気を感じる!
 祭りは嫌いな私だが、今年は、感謝を込め「ハレ」の舞台で踊りたい気持ちだ。今こそ、大いなるものに感謝を捧げ、酒を酌み交わし、乾杯しよう! おめでとう!!
 里の未来に一筋の光をもたらす、4年越しの大勝負が終った。ここからまた、新たなステージへ向かって、研鑽を積む厳しい闘いの日々が始まる。一歩ずつ歩を進めて行きたい。
 
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