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利用者さんの思いと歩く【2012.08】
デイサービス 及川 紗代

  デイサービスの利用が一年になる政雄さん(仮名)。まだ若くて60歳になったばかりだ。見た目も若く、肉体的にも頑丈でどう見ても高齢者ではない。若年性認知症で働き手でもあった時点での発症は、本人も周囲も混乱をしたことだろう。家では暴力もあり、かなり大変な状況だったという。
政雄さんにとってデイサービスは、“仕事をする所”で、働きに来ているのであって遊びに来ているのではない。高齢者に囲まれてゆったりした時間を過ごすことの多いデイサービスでは「こんな事をしている場合ではない!働かなければ!」という気持ちに駆り立てられるのか、デイホールで過ごさず外に出て歩くことが多い。当初は「俺はこんな所にいれない!」「来なければ良かった」と怒りだすことも度々だった。一年も過ぎて次第に馴染んでくれたのか、怒りが出る回数はかなり減ったし、家での人間関係も良くなった。しかし、土木関係の仕事をしてきた人だけに外で過ごしたいのは変わらない。
 政雄さんは、子供の頃から父親を手伝って田んぼや畑仕事をしてきたという。その後家を出て働き、会社を設立して社員をまとめ、朝から晩まで働いた。一生懸命働くことが、生きがいだったのだと思う。行き帰りの送迎時や、一緒に外を歩く時「この辺りの田んぼは全部俺が作ったんだ」と田んぼの景色を見ながらいつも話してくれる。戦後の引き揚げ者を受け入れる農村開拓の国策事業の一端を、最先端の現場で担ってきたのだ。ほとんどが仕事の話で、とても誇らしげに語ってくれる。
  “仕事がしたい、山に行きたい”という思いが湧いて、毎日デイに来ては外に向かう政雄さんだが、私は政雄さんが心の中に抱えている“何か”が気になって仕方がない。
  最近「あそこで姉が働いている」と遠くの山を見つめ「姉がいるかもしれない…」と話す事が多くなった。彼が見つめている景色は県北の故郷のイメージになっている。奥さんや娘さんの話も、時々出てくる。遠くを見つめる表情や言葉にどこか、寂しさや、もどかしさを感じてしまう。
  私は初め、政雄さんと関わるのが苦手だった。頑固で、怒りや すく、ひとりで怒ってはプイッと出て行くので困った。背丈もあって体格がよく力もあるので、怒って他の利用者さんとぶつかって、事故になったらどうしようと不安で仕方なかった。一方で年齢も若く、自分の父とどこか重ねて見てしまう所もあり、私はどう接していいか悩み、知らず知らずのうちに距離を置いてしまっていた。それでも、一緒に歩いたり話をするうちに、政雄さんが繊細な感覚の持ち主で、仕事に打ち込み、家族に対する思いが強い人だということが感じられるようになった。苦手意識はいつの間にかなくなり、逆に気になる人になっていった。
  怒りやすいのは、繊細でいろんな事に深い感情を投げかける人だからだと思う。家族に対して暴力的だったというのも、認知症が進み、思うようにならない現実と、どうしようもない不安から、荒れるしかなかったのではなかろうか。家族の為に故郷を離れて働きにでなければならなかった事情もあったのかもしれない。切ないほど家族を思う気持ちが暴発し、言葉を荒げ、暴れる結果になったのだと想像するとやるせない気持ちになる。
  外に出て、山や田んぼを見ながら、今まで自分が作り上げてきた仕事の話をする時は、自信に満ちた語り口調になるし、見ていてその姿は凛々しくかっこいい。一生懸命に頑張ってきた思いが伝わってくる。山や田んぼの見える場所は、政雄さんにとって故郷を懐かしく思い出しながら、自分のやってきた仕事に誇りを感じられる、いい場所なのかもしれない。銀河の里の周辺を歩くことが、居場所として心地いい場所なら、いつも一緒に歩いていたいと思う。
  仕事だったり、人との繋がりだったり、人は誰かに、何かに支えられてこそ生きていける存在だと思う。戦後の時代を必死に生きてきた政雄さんは、今、里のこの場所から、生まれ育った故郷や、仕事に賭けてきた農村の景色を眺めつつ、認知症になって失った人生の何かを求めてあがいているような気がする。政雄さんが求めているものが何なのか明確にはわからないし、それが解ったとしても私には何もできないかもしれない。でも、言葉にできない様々な思いを心に秘めながら、遠くの山を見つめる政雄さんに寄り添い、これからも一緒に過ごしていきたいと思う。
 
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