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異界な人々に支えられて【2012.08】
グループホーム第2 片方 裕子

  私は4月からグループホーム第2に異動になった。その時は、特養で一年以上一緒に過ごして、なじんだ利用者さんと離れる寂しさがこみ上げてきた。一方で、私にとって銀河の里のグループホームは未知の世界で、現実から離れた世界というイメージがあり、それが実際はどんな感じなのか、期待と好奇心でワクワクするような思いも湧き起こってきた。
  いざグループホームに移ると、利用者にも、スタッフにも違和感なく受け入れてもらえて、私もすんなりとなじんで行けた。しかし考えていた以上に異界度は高く、壊れたのかしばらく音を出さなかった、アンティーク調の大きな柱時計が、新体制が始まると同時期にいきなり「ボーンボーン」と鳴り出した。深夜0時には12回もなるその音はグループホームに鳴り響き、みんなで何かが始まるんだなという感慨に浸った。
 実際に、新体制に入ったとたんに利用者が一斉に動き出した。先陣を切ったのは守夫さん(仮名)だ。守夫さんは入居して3年目だが、戦争の傷を抱えておられることに利用当初からスタッフが気にかかっていたそうだ。お国のためながら殺戮を経験したことを、今も苦しんでいるようだった。そうした深い傷をどう癒すのかというのはグループホーム入居時からの課題だったのだが、これと言って方法があるわけでもなく、時折、狂ったように踊ることや、涙をこぼしながら殺戮を悔やむ言葉を漏らすなどはありながら、2年の月日が過ぎたということだった。これまでは体制としてもそうした深い傷に寄り添うだけの力をもったスタッフもなく、チームもできていなかった。ところが、この4月からの詩穂美さん、寛恵さん体制になったことが守夫さんが動くきっかけになったようだった。ある日、守夫さんはこの二人を脇にして「よし始めるぞ」と叫んだ。みんなこの言葉に、本当に始まるんだということをどこかで実感し、「よし来るぞ」と腹を決めた。
  クミさん(仮名)は頻繁にお告げが来て、その声に従って出かけて行かなければならない人だ。この春はお告げが頻繁なのか、一日に何回も出かけて歩いていた。そのクミさんの声に誘われて、守夫さんと詩穂美さんも一緒にクミさんの実家近くの神社に行ったことがある。そこではちょうど儀式が行われていた。外でしばらく待っていた守夫さんは、あるタイミングでまさに満を持したかのように進み出て神様の前で舞を奉納した。そしていつもそうなのだが、このときクミさんは当たり前のように、守夫さんを支える脇の役をキチンと務めたのだった。
 5月には守夫さんはほぼ一ヶ月に渡って、スタッフの酒井さんに、兵士の上官からの訓辞のような言葉を毎日のように語り続けた。酒井さんはその言葉はあまりにリアルで衝撃的で受け止めきれなかったらしく、残念ながら記憶にも記録にも一切残すことができなかった。6月には詩穂美さんがリュックを背負って帰ろうとしたところ、守夫さんが見送りに出て、盛大な壮行会になった。それは出征兵士の見送りだと詩穂美さんもその場にいた誰もが感じた。詩穂美さんもたまらない気持ちが込み上げて涙が止まらなくなるほどだった。
  4月から6月の守夫さんは、戦争の暴力の惨状の傷を癒すために深い井戸におりていくようなイメージだった。実際に体が重くなり、お風呂からあがってもらうのに、3人がかりであげなければならないことが何度もあった。それと同時に、現実に自宅の井戸を埋めるという話が出た。井戸を埋める前の儀式にも、守夫さんとクミさん、詩穂美さん、寛恵さんで参加してきたが、作業としては2日もあれば埋まってしまう井戸が、2ヶ月経ってもまだ埋まっていない。守夫さんの井戸の底での癒しの儀式はまだ成さねばならない何かを残しているのだろうか。 一方で、守夫さんが何事か語り続けた相手の酒井さんに異変が起こっていた。銀河バンドラビッツの結成があり、そこにのめり込んでいく酒井さん。どう戦うのか、誰と戦うのか、気合いが入りすぎて、ぶっ飛びながら方向が定まらない。酒井さんは勢い余ってモヒカン刈りの頭になったが、まだ先は見えてこ ない。おそらく守夫さんの傷と闇は酒井さんと詩穂美さんに託され、二人は託されはしたもののそれぞれの道で今だに方向を見失って迷っているように感じる。その二人を、寛恵さんが必死で支えているのだが、今度は寛恵さんがギリギリと追い込まれそうにもなる。そこを99歳の豊さん(仮名)がドンとして支えてくれる。クミさんも毎日歩いてはいるが、大事なところでは役割が解っていて支えてくれる。
   豊さんはいつも上座に居て、腕を組んでみんなを見守ってくれている。酒井さんが野外ライブの勝負に出かけたとき、豊さんには話していないし、話しても普通に通じるような感じはないのだが、不思議なことにライブと同じ時間に、豊さんの気持ちも動き始める。豊さんがいつもの席で、その時間に立ち上がり、手を叩き拍手をしている。一緒に参加しているに違いない。そして翌日、「昨日はごくろうさん」と酒井さんに言葉をかけた。酒井さんものけぞるばかりに驚いたことは言うまでもない。
   豊さんは、毎日年齢が変わる。「豊さん歳なんぼ〜?」と聞いて「13歳」と答える日は学校の生徒のイメージになっている。豊さんは年齢も場所も自由自在だ。  
 ホワ~ンと柔らかい雰囲気の歩さん(仮名)。スタッフや、利用者をいつも気にかけてくれる。優しい笑顔で「おめさん寒ぐねっかぁ〜」と言ってくる。疲れた顔をしていると「大丈夫!大丈夫だがら」と声をかけ、背中をさすってくれる。癒し系だ。それでも会話はいつもちぐはぐでやりとりにはならない。たまに言葉が繋がって会話になると「やったぁー」と嬉しくなる。歩さんはお茶目なところもある。裏の畑に出たとき、クミさんは直ぐにシャベルを持ち、手袋をせずに素手で作業をする。一方、歩さんは準備万全の作業姿に決める人なのだが、その日も思いが入ってしまったのか時間がかかった。やっと畑に来たときその手にはシャベルではなく、なぜか「トンカチ」を持っていた。クミさんに「畑にトンカチいらねーじゃー」と言われるが「これ?トントンてね」とニッコリとしながら土をたたいた。笑いが渦巻く中、何気に手を見るとゴム手袋を2枚重ねにしているので再び驚いた。
  特養では、表情をなくしがちだった私だが、グループでは、日々、笑いと感動が沸き起こって、まるでタイムスリップしたような異界感覚に陥ってしまう。私にとってこの不思議な空間はとても居心地の良い場所で、あまりの居心地の良さに異界ボケになってしまいそうなところもある。毎年恒例の梅漬け作業でそのことに気づかされた。デイサービスとグループの合同で梅をつけるのだが、グループ1のスタッフと利用者の梅漬けの作業は「お祭りでも始まったの」と思うほどの大騒ぎで、利用者とスタッフがひとつになり楽しんでいるのを見て、私まで楽しくなった。「これだ」と衝撃が走り「これではいけない」と異界ボケを反省した。しかしなかなかそこから目覚めるのは難しい。
  どこかへ飛んでしまっているようなグループ2の雰囲気の中、なんとか現実を取り戻したくて急きょスイカ割りを提案した。玄関前にシートを敷きながら、内心「こんな猛暑の中やるの〜?!暑くてみんなバテそうだ〜」と心配もしたが、始めると全員で玄関先のベンチや日陰に集まり、大いに盛り上がった。
  そこに出てきたのも守夫さんだった。「ここは俺にまかせろ!」と言わんばかりに守夫さんがスタッフに支えられて「オォー」と掛け声をかけて挑んだ。亀裂は入ったが割れなかった。そこでクミさんに声をかけると「やってみるがなぁ」とニコニコしながらスイカを叩いたがそれでも割れない。一旦座った守夫さんだったが、今度は一人で立ち上がって軽々と歩いてスイカの前へ向かった。そして竹の棒をうやうやしく振りながら「祓いたまえ〜 清めたまえ〜」とお祓いを始めた。お祓いが終わるやいなや再度振り下ろした。その凄い勢いでスイカはパックリと割れた。盛り上がったスイカ割りのスイカの味は格別で、普段はおやつも食べない歩さんが2個も食べてくれた。
  今、守夫さんの深い闇と傷をグルーホーム全体で抱えながら進んでいる状態で、スタッフ個々人もかなり異界度が高くなってしまっている第2グループホームだが、私がちょっと現実で頑張ってみんなを支えて行かなければならないと感じている。
 
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