トップページ > あまのがわ通信 > 2012年 > 2012年7月号 何かが動き出した・・・!!

何かが動き出した・・・!!【2012.07】
特別養護老人ホーム 山岡 睦

  この4月の新体制から3ヶ月、ユニットことをどう作り上げていくか、私自身厳しい戦いを迫られている。まだ先が見えないままあがいている現状だ。新人の川戸道さんと2年目の田村さんが頼みだが、二人がどう育つかが勝負になる。
 最近、利用者のミエさん(仮名)が大きく動き始めた。ミエさんは昨年まで2年くらいの間、事務所の玄関側に座り続けて数時間も誰かを待っていた。耳のかなり遠いミエさんは、こちらからは筆談で伝えるのだが、玄関で待っている時は息子さんのことが気になっているようだった。この4月、ユニットことが新体制を迎えてからその様子が変わった。ミエさんから息子がいなくなった。そして先月ミエさんは妊娠した。子どもは二人で3ヶ月と7ヶ月だという。川戸道さんが3ヶ月目、田村さんが7ヶ月。ユニットことに来てからの月日に合致した数字なので驚いた。それからのミエさんは、様々な形で動き出し、いろんな言葉をくれて、メッセージを送ってくれている。
  この日、私は今までではなかったような夢を見た。銀河の里に来てから面接で“夢”を取り上げて話す時間も持っており、この数年、夢からの示唆を大切にして注目してきた。夢の中で私はひたすら自転車をこいで山を超えて、小さな街に入り、坂を上っていく。途中で雨が降ったり、楽じゃない。でも私は「苦しい」とか「辛い」とは思ってなくて、嫌な感じではなく「晴れてるからいっか」と前向きな私がいる。坂を上っていくその先には木で出来た古ぼけた建物があって、そこに向かって私は進んでいく。その建物に入ると、父がいて、ちょうど食事をとろうとしているところだった。そんな父を見て安心している夢だった。夢に父が出るのはなかなかこれまでなかったので、自分も新たな段階にきているのかなと感じたのだった。
  その日は早番の出勤だったが、ミエさんは前日の夕方からスイッチが入っていて、「下に降りねばね」とどこかへ向う気持ちで事務所に向かい、中屋さんと筆談でやりとりをしていた。そこに私も加わり、ミエさんは気持ちを収めて、今晩は特養に“泊まる”ことにやっとなった感じだった。ミエさんの世界は深く、展開が早すぎてついていけなくなることもある。“泊まる”と決めたのも「本当に納得したのかなぁ?」と思ってしまうような感じだったので、もしかしたら夜も「行く」思いは続いて動くかもしれないな…とも感じていた。
 夜勤の田村さんからの申し送りでは、ミエさんは、あれから動くことなく夜間も眠ったということだった。ただ、早く起きて、自分で立って歩いてカーテンを開けたとのこと。ミエさんは、普段の移動は車椅子で、立ったり歩いたりすることはほとんどない。でも気持ちが動いて思いが強くなると、立ったり、歩いたりする。朝の様子に「今日は動くぞ」と何となく予感があった。
  ミエさんには動く日と、休む日があって、休む日は朝食を食べ終わるとすぐに部屋のベットで眠り姫のように眠りの世界へ入る。この日は、部屋に行ってもベットには向かわず、置いてあった過去の筆談のやりとりが書かれたメモの束を手に取って見ていた。さぁミエさんどう動く?と私も注目して構えていた。
  様子を注目していると、ミエさんは部屋から出て車椅子で廊下へ向った。曲がり角で一旦止まり、その先を見ていたが、なぜか引き返してきた。リビングまで戻ると、ちょうど朝食のために起きてきた遠子さん(仮名)の隣で遠子さんをじーっと見つめる。そのミエさんを見て静かに頷く遠子さん。ミエさんも頷き返す、2人はなにをコミュニケートしたんだろうか。私には見えない世界がある。  
 そのあとまた車椅子で、ユニットと事務所を何度か行き来す る。スギさん(仮名)の洗濯し終えた衣類を持って事務所に向かったこともあった。ミエさんは元教師なのだが、最近、動きのある時は教員になっている時が多い。「1年生の教室さ連れてってけで」「校長室は?」と特養の玄関から出て行く勢いだ。玄関では車椅子を投げ出して立ってしまっている。「若葉小学校の教室までお願いします!」と現実の明確な言葉が出てくる。持ってきたスギさんの衣類を“若葉小学校の乙部キエの机に置いてほしい”と頼む。こんな時のミエさんの勢いはもの凄い。このままならユニットの午前中のお風呂は中止にして、とことん付き合うしかないかとまで思っていたが、事務所の中屋さんや、ワークの美穂子さん(仮名)たちも絡んでくれてお風呂はこなして、ミエさんも一旦“一緒に給食を食べる”ことで落ち着いた。
 昼食が終わると、早速ミエさんはカチッと車椅子のブレーキを外した。「お、行くな?ミエさん!?」と思ったが、なぜか部屋に向かった。そばに寄った川戸道さんに「足りなかったな、ご飯」ときた。「え〜!?」と私も川戸道さんもずっこけて拍子抜けした。  眠って体力温存?今日はこれで終わり?と思いながら、しばらくしておやつに誘い、リビングへ出た。やはり“行く”感じはない。ショートの五七さん(仮名)に「先生は何を教えているのす?」と聞いていたので、“先生”のイメージは続いている感じだ。
 おやつを食べ終えると、一旦部屋に戻って、少しすると出てきた!そして、リビングをぐるり回り、私がサチ子さん(仮名)、スギさんと居たのだが、そのテーブルに近づいてきた。「来た来た・・・」私はドキドキして緊張した。
 ミエさんは私に近づくといきなり「動いたの?」と言った。利用者のこうした言葉は結構重くて難しい。謎解きになっていて、簡単な言葉じゃない。勝負を賭けられたようなものだ。しかもいきなり来る。はずしてしまうともう永遠に関わってもらえないような、大事なチャンスを逸してもう二度と戻ってこないようなそんな瞬間かある。“動いた?うーん、何が動いたんだ?”と私は必死に考えイメージを巡らす。始まったものはそらすことはできない、私はともかく「動いた・・・かなぁ?」とぼんやり答えた。すると「異動したの?今年からこっちに来たの?」「見たことねぇ人だと思ってす」とたたみかけるミエさん。そうか、私が異動して、この4月からユニットリーダーでやってきて、手をこまねいていることとシンクロした。現実は2ヶ月遅れだけど、まさに私の現状と一致してる!「そうそう、動いたんです!」と私は返す。ミエさんの中では私はこの度、異動してきた“新任の先生”のイメージなのだ。
 その時、私の横にいたスギさんの手には、ミエさんが事務所で中屋さんと筆談でやりとりをした紙があった。そこには“先生も生徒もみんな一緒に(給食を)食べます”と書いてあった。ミエさんはそれを読みあげ、「はぁー!いいことだっちゃあ!」とニッコリした。そして私の目を見ながら「いいことここで取り入れてやるべ!」とキラキラの目で言った。これは今の私にはあまりにも響く。“是非お願いします!ミエさんがいると心強いです!”と紙に書いて渡した。するとミエさんは「いんだ、一緒にするべし!楽しくするべし!」とものすごく力強い声とキラキラした表情でスギさん、そして私の顔を見て微笑む。「わ〜!!キエさ〜ん!!」もう私は胸が熱くなり涙が出そうになる。“頑張りますので、ミエさんの力を貸してください”と書くと、「貸す!貸すよ!その代わり、私も借りるよ!」とキラキラの表情で返してくれる。そしてスギさんに向かって「あーいがった!ほら、友達出来たよ」と言う。私はもう感極まって手を合わせて拝んでしまう。ミエさんは「一生懸命やるべしな!」とスギさんと私に語る。さらに、「2人の名前聞かねばね。書いでけで」と言うので2人の名前を書いて渡すと、ミエさんはマジックを持ち“ミエさんの力を貸してください”と書いた横に“私は乙武ミエっていいます と自分の名前をかいた。そして「あーあ、なんとなく先が明るくなった!友達出来て!」と言うので万歳した私。そんな私を見てミエさんも拍手し、スギさんが穏やかな表情で頷いてくれた。
  ミエさんはもう一度フルネームで自分の名前を書いて、「いいっか?登録したよ」とスギさんに確認した。さらに遠子さんを指し、「あの人はなんて言うの?」と尋ねる、どうやら遠子さんも 仲間のようだ。遠子さんも若い二人を育てるのに重要な人になることは間違いない。大事なことを深いところでわかって、ミエさんは動いてくれている。
  なんだかスギさんに支えられながら3人の同盟をスギさんが後見人でいてくれるような構造になっている。若い人材を育てる中心人物のミエさんがいて、全体を見守ってくれるスギさんがい る。私も育てる側の新人教師として入れてもらっている。ユニットことはミエさんに引っ張ってもらって動き出している。遠子さんもいれて、3人の力を借りながら、大事なことをしっかりと受けとめて、それぞれが育っていきたい。そして私自身もこれから新たな段階に入ってどう変わっていくのか、自分自身の変化にも期待したい。
 
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