トップページ > あまのがわ通信 > 2012年7月号 音楽人生まっしぐら

音楽人生まっしぐら【2012.07】
グループホーム第2 酒井 隆太郎

  俺は、自動車の営業マンとして8年間、勤めたのだが、不況の世の中は凄まじい厳しさだった。俺は、気持ちも体も限界を超えて、営業マンとして戦える状態ではなくなっていた。得意先だった銀河の里に出入りするうちに、何故だか妙に気になった。俺は決心した。ここで働かせてもらえないかと持ちかけた。そして、転職した。35歳。妻があり2人の息子がいた。介護に関しての知識、経験も免許も全く無い、本当にただのおっさんであった。
 銀河の里で、俺はどんどんこれまでの傷が癒され変身していく感じがした。利用者さんとの出会いは壮絶だった。表面だけの人間関係が当然多くなっていた俺には、それが心に突き刺さる。俺は、人間的で新鮮な自分を出すことができた。相手も本気で向かってくる。それにギターだ。俺は音楽をやってきた人間だ。俺の本体は歌だと言ってもいい。理事長に「酒井さんギター離しちゃダメだよ」と言われる。介護現場でどうやってギターを活かすのか解らなかったが、「ギターで全部やったらいい」と理事長はさりげない。ともかく俺はギターを抱えて勝負にいくことにした。これもまた、心に突き刺さる。今まででは考えられない、新鮮で、人間的な驚きの出来事が毎日起こってくる。
 利用者との別れも経験した。それがまた深い体験になった。ギターを必死で弾いて歌った。得も言われぬ、簡単に言葉では言い表せない感情が動いた。
 現在3年目になり、グループホームに異動となって勤務している。俺の家庭には3人目の子どもが産まれた。俺はヘルパー2級を取得した。
 グループホームは特養とは体制は少し違うのだが、認知症の人ばかりなのでさらに壮絶な出会いや、さまざまな感情があふれでてくる。私にとって、ひとりの女性利用者久子さん(仮名)は、インパクトが大きい。どこか違う世界に生きている人で、ちょっと厳しいオーラのある女性である。その人は俺のことを「男」と呼ぶ。そして、俺の年齢は23歳で決まっている。そして、家庭もない子供もいない独身の若者ということになっている。俺がそれほど、ガキだと言うことなのか?ギターでチャラチャラと遊んで いる若造なのか?破天荒な変人なのか?分からない。
 ある日、女性スタッフが、リネン交換で久子さんと部屋で2人きりになったおり、スタッフは、俺が37歳で3人の子持ちだという現実を伝えたらしい。すると久子さんはいきり立って「何を言ってるんだ!!そったなことない!!」ときつい口調で怒ったらしい。 確かに、まわりのスタッフ達はみんな若い連中ばかりだ、そいつに俺も加わっている感じなのか?確かに、今の里バンドを引っ張っている俺に「お前23歳になってもう少し頑張れよ。もっと引っ張って行けよ。」と激励されているともとれる。また、家庭と銀河の里との境界線を引いてくれているような感じもする。
  とにかく俺は、信じてみようと思った。家に帰れば、37歳の家庭のある父親。(おっさん)しかし、銀河の里では23歳の独身で、がむしゃらに走って行くミュージシャンになる。俺は思う。銀河の里での23歳は永遠のことなのではないか。夢のような話しだけどそんな気がする。実際、夢のような話しが銀河の里では幾つも繰り広げられている。久子さんだって、子どもを産んでいないのに、息子がいることになっていて、毎日息子と電話で話しているじゃないか。年齢や世間の枠や常識は簡単に吹っ飛ぶのが銀河の里だ。俺だっていい歳こいて、ギターの弾き語り「おっさん何やってんだ」との声が聞こえて来そうだが、23歳でやっていきたい。久子さんに守られて俺はやってみたい。音楽が俺の人生だ。
 
〒025-0013 岩手県花巻市幸田4−116−1
TEL:0198-32-1788 FAX:0198-32-1757
HP:http://www.ginganosato.com/
E-mail: