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画伯とお散歩 in 盛岡【2012.07】
特別養護老人ホーム 中屋 なつき

  昨年、美術館デビューを果たしたワークの昌子さん(仮名)は、その後も絵の制作に意欲的だ。去年の夏からワークステージの食堂に飾っていたプリン・シリーズの絵を「ずぅっとおんなじ絵じゃ、つまんないでしょ?たまには替えたらいいかと思ってさ」と意識が高い。そこで新年度になったところで総入れ替えをした。一度に飾れるのは4点までなので、好きな絵を4枚選んで新たに額装して飾った。「なんか雰囲気ちがくなったね♪」とニンマリ満足顔。残りの絵をしまいながら「もっと額がいっぱいあったら、ぜんぶ飾れるのになぁ…」と、額を買うためにお給料を少しずつ貯めているところだ。
 先日、私と日向さんを誘って東和町のギャラリーに行った。ギャラリー“ぷると”の奥様方はプリン展でお世話になった方々で、昌子さんも「久しぶりに会いたい」と積極的。7年前ワークを利用し始めたとき、極度の人見知りで一日泣いて過ごす、今にも消え入りそうな昌子さんだったが、今では別人のように逞しくなった。特に絵描きの人たちとは全く違和感なくやりとりして、初めての人でも自然と打ち解けてしまう。
 “ぷると”の作家さんから「私たちも参加しているから、よかったら行ってみてね」ともらったイベント「モリブロ」のパンフレットを興味深そうに見ていた。昌子さんの目はひとつの絵本に釘付け…「ぐりとぐら!知ってる〜!カステラ♪」盛岡市内のあるイタリア料理のレストランが「ぐりとぐらの絵本に出てくる大きなカステラを再現しました」とコメントしている。「よし!じゃあ、お昼はこのレストランで食べることにしよう!」と一緒に盛岡へ行くことになった。
 当日は、例によって昌子さんが決めた時間と場所で待ち合わせた。車に乗り込んだ昌子さんは、第一声「あ〜、疲れたぁ…」と言う。どうやら、待ち合わせ場所で知らない人に道を尋ねられたらしい。「お婆さんに道きかれて教えたの、ありがとうって言ってたよ。あ〜、疲れちゃった!」知らない人に声をかけられて「怖かった」のではなく、ちゃんとお話できて、しかも道まで教えることができて「嬉しかった」という感じがスゴイ。でもやっぱり「疲れちゃう」くらいのエネルギーは使ってしまうようだ。
  とびきりの晴天、高速道路に乗って一路、盛岡へ!「あっ!飛行船だ!」と昌子さんが指さす。飛行船がひとつ優雅に浮いている。「昨日もおとといも見たんだよ!すごい、3回目だぁ」この日は六魂祭の最終日だったらしく、「お祭りの宣伝かなぁ?」おかげで高速を降りるとそこは大渋滞だった…。
  世間に疎い私は今日がまさか六魂祭とは全く知らず、渋滞の渦と満車の駐車場…。イライラする私とは逆に昌子さんは、「人がいっぱいだねぇ!」とウキウキ感が増している。「いつもは人が多いと具合悪くなるだの嫌だのって言うくせにぃ〜!駐車できなきゃ、ぐりとぐらも見れないんだよ、ぷんぷん!」と怒る私の横でキャハハと笑っている。やっと探した駐車場で「どのくらいで戻るの?」と尋ねる駐車場のおじさんに「2〜3時間くらいかな」とキーを渡すと、「行ってきま〜す」と手を振る昌子さん!…考えられない。
  運良く、目的のレストラン付近に駐車することができた。店が開くランチタイムまでの間、青空の下でソフトクリームを食べ、川の流れを見下ろしながら橋を渡り、駆け足で街並みをぬけ、雑貨屋を見て歩く。大勢の人は祭りの中心部へ向かって行くけれど、「なんかさぁ、うち らだけ反対に歩いてるね!」と昌子さんも楽しそうだ。
 ランチタイムぴったりにレストランへ到着。そして、カウンターのレジ前に立てかけてあったぐりとぐらの絵本を、昌子さんは見逃さなかった。メニューよりもそっちが気になり、注文をきかれてるのに「あの本、見ていいですか?」と言うので、店員さんと私は吹き出して笑ったのだが、お構いなしに絵本を手にしていた。 食後いよいよ、おっきなフライパンが目の前に登場!「わー、ホントにやったんですねぇ!」子供の頃からの憧れ、ふかふかの特大カステラを、ウェイトレスのお姉さんがフライパンから直に切り分けてくれる。両手で口元を覆って言葉もでない昌子さんの目は、真ん丸でキラキラしている。絵本のクライマックス、森の中でたくさんの動物たちがカステラを分け合って食べているページを開きテーブルに立てると「みんなで一緒に食べてるみたいだね♪」と、極上のデザートタイムになった。
 念願のぐりぐらケーキを堪能して大満足の私たちは、気分も上々♪「モリブロ」イベントの他の数ヵ所をまわって食後の散歩をする。そして、車に乗ってそろそろ帰ろうとしていると、昌子さんが「もうひとつだけ、行ってみたいところがあるんだけど…」と切り出した。「盛岡に美術館があるでしょ…?」と!(ほぉ、美術館!ちょうど今日まで松本竣介展やってるはずだったな)「行ってみるっか?!」「うん!」
 日曜日の最終日で大勢のお客さんで混み合っていた。一瞬たじろいだ昌子さんだったが、いったん展示室に入ってしまうと、一気に絵に引きつけられて集中していた。たくさんの絵が掛けられた壁面を一度グルッと見渡すと、ぐんぐん進み出て、一枚一枚なめるように観ていく。ちょっと離れた距離から眺めたり、つつつっと画面に近寄って細部を観察したり。その絵を観る姿勢はまさに絵描きの姿そのものだった。すぐ隣りに知らない人がいても大丈夫、うまく自分のペースをつかんだようで、時々、ニマッとしたり眉を寄せて首をかしげたりしながら集中している。私も安心して作品世界に浸ることができた。
 帰りの車内では、観賞後の感想もしゃべってくれた。「青とか緑の風景の絵が素敵だったなぁ…」と私が呟くと、「私は、人の顔の絵がよかった」と話す昌子さん。「いろんな色の顔があったよ、いっぱいあったよね」「あんなふうに人の顔が描けるの、すごいね」と語り、作品との大切な出会いが起こったことが伝わってくる。さらに「万里栄さん、行ったことあるのかなぁ?」と続く。銀河の里の絵描きさんで、通信の表紙の絵を毎月描いてくれている。「美術館、観に行きたいんじゃないかなぁ」と昌子さんは言う。「万里栄さんの絵、いつも目がないっけよ、どうしてだろうね?目がなきゃ、誰がだれだか分かんないよ〜」と笑っている。万里栄さんの課題を鋭く突いているかもしれない。本気で誰かと向き合えたら目が描けるようになるんじゃないか、との万里栄さんへの私の期待を、昌子さんはサクッとしょってくれている感じ。
 「さっきの絵の人、名前、なんていうの?」「松本竣介だよ」「まつもとしゅんすけ…、会ってみたいな、どこにいる人?」積極的だなと驚きつつ、「そっか、会いたいのかぁ、よっぽど気に入ったんだね。けどね、もう亡くなった人なんだよ」と伝える。「え〜、そうなのぉ?会いに行ってさ、絵描いてるとこ見てみたかったのに〜」絵画作品そのものを観るだけでなく、それを創造した人物にまで関心が向いていること、ひとりの画家が自己表現する姿、その現場を見てみたいという欲求の芽生えに驚かされる。“昌子画伯”もいよいよ本格的になってきたようだ。
 
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