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久子さん理容院対決【2012.06】
グループホーム第2 佐々木 詩穂美

  いろいろな事にこだわりがある久子さん(仮名)は、昔から行きつけの美容院と理容院を利用している。シャンプーだけの為に美容院に行ったりもする。理容院では顔剃りで、美容院と理容院の2軒を回れば久子さんは満足して帰ってくる。
  しかし‥このところ理容院のおばさんから毛嫌いされている。電話で予約を入れようとすると、「今日は具合が悪いから無理だわ〜」「昨日忙しかったから今日はやらないことにしたの」「これから出かけるから今日はできない」などと断る。「それなら都合のいい日に予約を入れさせてください」と頼んでも「ダメダメ、その日になって体の調子が悪くなることだってあるの」と、とにかく断られてしまう。
  久子さんは独特のイメージの世界を持って生きている、一般にはそれは訳の分からない話しなので、おかしくなった人の話を聞かされると思って辛いのだろうか‥。そのうち、久子さんは我慢の限界がきて、「理容の人、電話すると必ず断るっけから電話しないで行ってみるべ」となった。
  そこで二唐さんが付き添い、飛び込みで行った。店は営業中で、しかもお客さんはいなかった。二唐さんは久子さんをかぶり物のようにして隠れ、久子さんの勢いをかって理容院に入った。おばさんは例のごとく今日は無理だと断ってきたが、久子さんは全く引かず、しぶしぶ顔そりをやってくれた。帰ってきた久子さんは満足気だった。
  久子さんは一緒に出かけるスタッフを選んでくる。どういう所で選ぶのかはよく分からないが、誰が選ばれるかは、スタッフにとってはクジのようで面白い。次に指名を受けたのは私だった。前回、二唐さんと行ったときの話しを聞いていたので、私も飛び込み攻撃をかけた。理容院は営業中で、中にはお客さんが1人いた。私だけで行くと、迷惑そうな表情でおばさんが入り口から顔をだした。「今日来たって無理だから。この間来た時、とっても感じ悪かったのよー。それで私、精神的に病んで寝込んだんだから」とかなり立腹だった。その怒りに「すみません…」としか言えずに追い返されて戻った。
  車の久子さんに「今日はやれないって‥」と伝えると、「なしてやー、ここまで来たのにやってくれたっていいべじゃな。
 オメが先に行ったからわがねんだ。オラが車から降りて直接頼めばやってくれたんだ」と悔しそうに言う。この日はおばさんの剣幕に追い返され、出直そうと仕方なく帰ってきた。
   おばさんの怒りにやられて、私はもう行けない‥と気持ちが萎えていた。ケース会議でその話題になり、久子さんには内緒で菓子折りを持ってお願いしたらどうか?という話もでたが、どこか腑に落ちない。そこで寛恵さんが「これはもう久子さんに任せたらいいんじゃない?」と言った。昔から行きつけの店だし、ここは久子さんしか勝負できない。これは理容院のおばさんと久子さんの対決なんだという。一同納得してそうだと言うことになった。
  次が勝負!久子さんはだれを選んでくるのか?ドキドキしていると、「連れてってけねっ?」と指名してきたのは、また私だった。「えっ!?私?」できれば避けたかった。こういう場面に弱い私。理容院のおばさんの怒りを思い出すとため息がでる。
  寛恵さんはそんな私に「大丈夫、久子さんの仮面をかぶっていけば強いから」と見送ってくれた。それでも私は「今回はダメかも」と頭から戦意喪失状態だった。緊張の頂点で理容院に到着すると、お客さんがひとりいた。“久子さんの仮面をかぶって…” 心の中で呪文のように何度も唱えて、いざ勝負と久子さんを先に、私はその影に隠れ、突撃開始でズンズンと入り口 へ向かった。
  突撃に気がついたおばさんは「今日はこれから次のお客さん来るから出来ないよ」と入り口で応戦してきた。「やばい」と、私は久子さんの影に再び隠れた。久子さんは引かない。「そこをなんとか、お願いしますぅ。せっかくここまで来たのだから」といつもより少し控えめな言葉だが、それでも久子さんの自分中心でドシっとした怖い感じが、心強い。なかなか引き下がらない久子さんに、理容院のおばさんはあきれて、私の方に目線を送る。「なんとかしてちょうだいよ」という感じ‥でもここで私が出てしまうと負け戦になってしまうと、私はあくまで久子さんの仮面をかぶったまま黙っていた。
 (理)「他のお店だってたくさんあるんだから、違うところに行ってみてぇ、そしたら他のところがよくなるんだから」
  (久)「なんたら、やってけだっていいべじゃ、頼むぅ」
  (理)「今日はお客さん来てるから、もし来るなら今度電話で予約してきて。そしたらやってあげるから」
 この同じフレーズの言い合い対決が10分ほど続く。私は聞いているうちに、電話で予約しても断ったくせに、こんなに久子さんが頭を下げてるのに‥とイライラしてきた。
  (私)「んじゃ今、次の予約してってもいいですか?」と、思わず私がちょっと出てしまった。
  (理)「明日の9時頃!でも9時だと施設の朝ご飯の時間で大変でしょう。」
  その時間は来れないだろうと言わんばかりだ。久子さんは「午前中は無理だ。もういい…」とがっくりきている。「なんて意地悪なんだ!くそっ!んじゃ来てやる!!」と私に怒りの火がついた。
  (私)「その時間に来ます!9時に来たらやってくれるんですよね!」
  私の迫力におばさんはびっくりした表情で、「んじゃ10時に来てちょうだい」と呆れたように折れてくれ、1時間遅らせる配慮までしてくれた。
 次の日、その時間に行くと、おばさんは昨日と打って変わっていた。「何回も足運ばせてごめんねぇ」と、コーヒーとお菓子まで出してくれるので調子が狂う。顔そりの最中もずっと喋って、久子さんは聞き役だった。久子さんは実際には子どもはいないのだが、入居前からイメージの中で息子がいる。その久子さんに、理容院のおばちゃんが「息子はダメだ。近所なのに郵便でカーネーションが届いたのよ」などと愚痴っている。久子さんは、穏やかな笑顔で「うんうん」と聞いている。さらに「この歳になると、いつ逝くかわからないから、人に恨みを残さないようにしてるの」などと、これまでの印象とは裏返ったような話しに驚く。さらにお代も、何回も足を運ばせたから半分の500円でいいと言う。
  (久)「そったなこと言わずにとってけで」
(理)「いいから いいから」
「そじゃ」と、持ってきた菓子折を渡そうとすると「そったなことされたら、やりずらい」と受け取ってくれなかった。結果は感じの良い理容になった。帰りの車中、久子さんは「随分、話す人だったな。1人でいるから相手っこほしいんだ」とつぶやいた。
  この日の理容院対決は不思議な感じで終わった。普段は対決どころか、争うことのできない弱気な私だが、久子さんの仮面をかぶると、いつもの自分とは違って強くなったような気がした。こうやって勝負するんだと久子さんが鍛えてくれたのかな。
 少しだけ、私のオニも出た。久子さんに支えてもらって、私のオニは立ち上がれるだろうか。これからも久子さんの理容院対決は続くだろう。次はだれを選ぶだろうと、ドキドキしながらも、次の対決が少しだけ楽しみ!?だ。
 
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