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悲鳴【2012.05】
特別養護老人ホーム 田村 成美

 ユニット「こと」の強烈な個性の利用者さん面々の中では、普段は隠れがちだが、とても魅力的な遠子さん(仮名)というおばあちゃんがいる。いつもニコニコして愛らしく94歳とはとても思えない。車いすをつかってはいるが、手をとればスッスッと歩けるし、かたいおせんべいも大好きでバリッと食べちゃう。家族さんによると、食べものにはうるさくて高級なものを選んでいたということだ。
 ところが、この数ヶ月、「こと」の悪い雰囲気に遠子さんらしさが消されてしまったように私は感じていた。食べる量が減り、「腰が痛いの〜」と痛みを訴え、歩くこともできなくなっていた。高齢による体力の低下もあるとは思うが、「こと」の重い雰囲気が、遠子さんの気持ちを閉じさせているんじゃないか…と感じていた。腕をがっしりと組み、手は袖にしまい込んでしまい…手で強く握って腕にできたアザが痛々しかった。私は聞こえない悲鳴が聞こえてくるようで苦しくなり、遠子さんに寄り添うこともできず逃げ出してしまっていた。
 そんな様子を見かねた理事長がミーティングの場をもってくれた。そこで今まで薄々感じながらも、閉じこめていたことに光があてられる感じで、少し開けた。おいしいフルーツを箱買いしていたという遠子さんにとって、食べることはとても大切なことにちがいない。その食べることを『ショッカイ:食介』などという介護作業で、食べることを強要するような状態で追い詰めていたのではないか。
 「食べさせる」だけの『ショッカイ:食介』は、食事ではない。やりとりや、おいしく感じているかどうかの感覚や、「食べてほしい」という気持ちがなければ、工夫も何もででこない。「“食介”なんかいらないよ。一緒に食べるでいいじゃないか!」との理事長の言葉に気持ちが支えられた。
  「食べてほしい」「一緒に食べたい」という自分の気持ちを大事にしていこうと確認できてホッとした。すると、こうすれば遠子さんが食べてくれるんじゃないかという思いがどんどん出てきた。早速、翌日から実践してみる。決められた場所で、決まった時間に、決まった内容でなくていい、好きな場所で好きな物を!晴れていれば外がよく見える場所に座り、カラフルおにぎりを特別に作ったり、おやつの好きな遠子さんだから、ホットケーキ、ミカンゼリー等も色々並べてみる。びたっりくっついて「食べさせる」じゃなく少し距離も置いてやりとりをしながらならどうだろう。いろいろやってみると、全く違った。あれほど食べなかった遠子さんが、手でおにぎりをつかみパクリと食べてくれたではないか!すごく嬉しくて、もっと食べて!と伝えたくて、私は目の前でモリモリ食べた。いつもの「食べさせられている」ときの苦しそうな表情はなく、自分の ペースで食べている遠子さんをみて私も楽しくなり、感動した。食事ってこういう事だよなぁ…と改めて思った。
 次の日もいい雰囲気で食事ができていたのだが、おにぎりには手が伸びるが他のおかずには手が伸びない。何でだろう…と遠子さんの目線の位置から見ると・・ん?器の中にあるものが全く見えない。見えないと食べる気になれないよな…と発見した感じで、新人の川戸道さんも呼んで三人で、同じ目線に6個の目玉を並べて考えた。料理が見えるような浅い食器がいいよね。透明だったら見えるんじゃないかな?とか、気分をもり上げるためにプレートにかわいく盛っちゃう!とか、いろいろ考えるのも楽しくなってきた。
 翌日、早番の山岡さんにそれを伝えると、早速プレートにおにぎりやドーナツを乗せて出してくれた。やはり違うようで、遠子さんは自分で手を伸ばしてくれたと言うことだった!山岡さんは、一緒に食べながら、遠子さんと目があったときスプーンを口に運ぶと、口をあけてくれると言う。「こっちが食べると一緒に食べてくれるんだよね」と教えてくれた。川戸道さんは耳の聞こえない遠子さんに、食事中のお手紙作戦を考え、彼女らしく楽しいやりとりを工夫している。厨房のスタッフも、こうした取り組みを理解し、一緒に考えてくれて、遠子さん用の一品を作ってくれたりしている…。みんな遠子さんに食べてほしいという気持ちが動いていてうれしかった。それでも食べれないときは、お菓子を袋のままいっぱい持ってって囲むと「わぁ〜」と目を輝かせ、パクっと食べてくれた事もあった。ちょっとした工夫と気持ちを大事にしたい。
 歩くことも以前よりスムーズになっているように感じる。何より表情が出て、笑顔が増えてきている。ユニットの雰囲気は決定的なものがある。
 食べられない日もあるが、入れ歯の調子もありそうなので歯医者さんにも行って!まだまだ工夫できることはいっぱいあると思う。家族さんからお肉が大好きだったと聞いたのでやわらか〜く煮た角煮とかクリーム煮とか、果物が好きだからフルーツ盛だとか…厨房とも協力して楽しい食卓を作っていきたい!
 歩けるのに安全のため歩かせないとか、歩きたい気持ちに暗に圧力をかけるとか、食べさせるために口に入れるとか、一見正しいようで暴力的で残虐な事がおこりやすい現場だと思う。そんな違和感から逃げているうちに、知らず知らず自分も平気でそれをやってしまうようになるのかも知れない。遠子さんは私に課題を突き付けてくれた。心の中で思ってるだけじゃなく、苦しくなると閉じたり、逃げたりしてしまうんじゃなく、発信しようと思う。「利用者守ろうぜ」と理事長。自分のためにも利用者のためにも強い自分になりたい。
 新生ユニットこと!頑張るぞ!!
 
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