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旅を歩く【2012.05】
グループホーム第2 佐々木 詩穂美

  新体制がスタートして、異動で私にとって1年ぶりのグループホーム2は、利用者さんそれぞれのイメージで広がっている空間でとても居心地がよくてホッとできた。
 そんななか、クミさん(仮名)が片手にバックを持って玄関へ向かう。ドキドキしながらここは私が行きたい!とすぐ思った。玄関でクミさんに「どこ行くの?」と声をかけると、クミさんは「家さ行く〜。今までお世話になりました」と言う。3月末だがやっぱり外の風は冷たい。上着も着ないで出て行こうとしているので、「外寒いから上着着てって」と言うと、クミさんがバックからピロ〜ンと取り出したのは‥ズボン!!「上着じゃないじゃん」と笑う私にクミさんも大笑い。クミさんの帰る気持ちが強いときは入ってしまっていて、こちらの言葉は届かないときもあるが、一緒に笑ってくれる柔らかい雰囲気に、受け入れてくれたようで嬉しかった。このまま一緒に歩いて行こう! 酒井さんに合図し「行ってこい」と送り出してもらったクミさんと私。

 歩き始めたクミさんはさっきの柔らかい雰囲気が一変して、前だけを見つめて一心に家に向かう強い気持ちに入ってしまった。背中を丸くして足早にひたすら歩き続ける。こんなにクミさんを動かすものは何なのか?
 クミさんは認知症のはずなのだが、自分の住んでいた家まではちゃんと行ける。ところがかなり距離があるので、途中で説得して車に乗ってもらった。家が近づくと「ここで降ろしてけで」と後部座席から身を乗り出す。私は本当に家に帰ってしまっていいかどうか戸惑う。これまで家に帰ったクミさんに対する家族さんの反応は、迷惑そうでウエルカムではなかった。そこで私は説得を試みる。「買い物頼まれてきたからその後にしないっか?」などと言うが、にわかのごまかしはきかず、クミさんの気持ちは揺るがない。
 ついに家の前で「ここで降りる」と動いている車のドアを開けておりようとする。仕方なく私も覚悟を決めて車から降りた。そのままクミさんは玄関に向かい「クミ帰ってきたよ〜」とチャイムを鳴らす。迷惑そうに扱われると、クミさんが傷ついてしまう…とハラハラしたが、今回は違った。なんとこの日はちょうどクミさんの弟さんのお彼岸だった。家族さんは「お彼岸って分かってたから来たんでしょ?やっぱり分かるんだね」とクミさんをよく理解してくれて「拝んでってちょうだい」と迎えてくれた。仏壇の前に通されると、しっかりお線香をあげて手を合わせるクミさん。しばらく過ごして帰り際、クミさんが「オラも元気で暮らすから、オメさんも元気でいてや」と涙を流しながら家族さんを抱き寄せたので、私は感動して震えてしまった。今日は帰ってくるしかなかったなと納得した。そしてこの瞬間から、クミさんの旅と私の旅が始まったのだと思った。
 4月に入って、私の祖母が亡くなった。小さい頃から母子家庭だったので、働く母の変わりに祖母が私の子守をしてくれ、いつも添い寝をしてくれた。私が小学生のときに 祖母は脳梗塞で倒れ、17年間老人ホームにいた。会いに行くと、「こごさ寝ろ〜」と祖母に誘われて居室のベッドでよく添い寝をした。
 3月の末、祖母が体調を崩してから、私は施設に泊まり、最期を看取った。遺体を自宅に運び、納棺される前の一晩は、祖母と枕を並べて最後の添い寝をした。死んだ人と寝るなんて信じられないといった目もあったが、私には自然なことで、朝まで祖母と一緒に添い寝をさせてもらった。私の体温が伝わり、祖母の体は翌朝納棺の時も温かかった。

 祖母が亡くなる日、もしかしたら祖母は今日かもしれない‥と伝えにグループホームに顔をだした。そのとき帰ろうとする私をクミさんが玄関まで見送り、ギュッと両手を握り締めて「オメさん、元気でいてや」と声をかけてくれた。不思議だが、クミさんはこんな時、いつも寄り添っていてくれる。

 お葬式が終わり、いつもの生活が始まろうとしていたが、私はなんだか気が抜けていた。体も疲れて、こんな状態でクミさんが歩きだしても、一緒に歩く気持ちになれない感じだった。クミさんはそんな私を見抜いていたようで、ソファにゆったり座って、ずっと私の隣にいてくれた。天気がいい日、散歩に誘うと、クミさんから手を握ってくれて「お〜手て〜♪つ〜ないで〜」と歌ってくれた。クミさんが私に、これから一緒に手をとって歩いていこうと言ってくれているように感じた。
 夜勤でクミさんの部屋に行くと、布団に枕が2つ並べてあった。どこから枕を持ってきたのかスタッフは誰も知らない。「クミさん、枕2つ並べて誰と寝てるんだろう?」とスタッフの間で話題になる。私は祖母との添い寝を思いうかべていた。私が異動して初めての夜勤のとき、なぜかクミさんはずっとリビングにいて、ソファで一緒に寝てくれた。このところ現実味がなくてボーっとしていることの多かった私なのだが、クミさんは一緒にいて支えてくれているのを感じた。
 グループホームの勤務にもなじみ、私の気持ちも体も落ち着いてきた今月に入って、久しぶりに部屋から大荷物を持って「帰ります」とクミさんが動いた。いつも手にはバックだったり、風呂敷だったりするのだが、この日は大きなタオルケットに包んだ荷物。重そうだが、大事に脇に抱えて歩いて行く。クミさんの後ろ姿を追いながら、タオルケットに何を包んであるのか気になり「そんなに大きな荷物持ってどこ行くの?」と声をかけて車に乗ってもらった。グループホームに帰ってくるとクミさんは私に大きなタオルケットの荷物を託してくれた。中身をみたらタオルケットにくるまっていたのは2つの枕だった。クミさんが大事に持って歩いていたのは、私にとっても大事なものだった。
 一緒に生きていくってこういうことなんだということをクミさんが教えてくれているように感じた。支え合い、寄り添って生きるとはどういうことだろう。これからもクミさんは歩き続けるだろう。私も私の旅路を歩いて行くしかない。
 
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