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ケアマネ訪問記 認知症と向き合う家族 〜誰が家を回転させた!〜
【2012.05】
居宅介護支援事業所 板垣 由紀子

 今年度、二年半ぶりに「居宅」を担当することになった。育休明けの鎌田と二人体制で、地域の相談窓口として積極的に出かけて、現場の出会いの中から、いろいろ学び取っていきたいと思う。
 トシさん(仮名)とは、デイサービス(DS)の‘マルカンドライブ’に参加したとき、初めてお会いした方だ。トシさんはマルカンで、ジャンバーを買いたいと言うので、みんなより先に出発して、前任者の田代と私と3人で婦人服売り場を見て歩いた。自分で歩行器を押して歩き、服を選ぶ様子は認知症とは思えず、不思議な感じだった。その数日後、DSで会うと私の顔を覚えていて「この間はどうも」と挨拶された。自分で歩けるし、食器も自分で片付け、周囲の人のことも気にかけ、やりとりもしっかりして、物静かな印象。ますます、認知症?と首をかしげる感じだった。
 4月の自宅訪問では、お嫁さんから「この間はすみません、ご迷惑をおかけしました。」と言われた。トシさんがデイサービスをずる休みしようとした日、送迎準備が出来ないまま送り出して申し訳なかったというお詫びだった。私は相談員の米澤から、トシさんの話しを聞いていた。どうやらトシさんは「おさぼり計画」を実行したらしい。「休むって昨日から息子にいってたのに、うんって言わないから、目醒めていたけど、寝床から起きねがったおや。そうすれば休むにいいかと思って。」と明かしてくれたという。米澤は、楽しそうにその話をしてくれた。私はその内容をお嫁さんに伝え、「トシさんは、デイサービスでも自分が出せるようになって来ているのかもしれないですね。」と感想も添えた。お嫁さんも笑いながら「家ではまるで駄々っ子のようになるんです。夫とは、5歳児のようだねって話しているんです。よそではしっかりしているから、まるで私たちが詐欺師みたいで・・。」と話された。家では、DSとは違う様子で過ごしているようだ。さらに家の中で、一人で電気もつけないでいた時期があって、家の中をウロウロしたり、台所で突然「誰だ、家を回転させたのは」って怒り出したこともあったという。
 家が回転したというのは凄い発想だと感心したが、嫁さんも苦笑いで「その時は、いくら説明しても、受け入れてもらえなくて」と困った様子が伝わってくる。「今はどう ですか?」と尋ねると、DSに通い始めてから、一人閉じこもることはなくなり、いい感じだとのこと。家にいて「ぼーっ」としていると認知症が進んでしまうので、お風呂やデイサービスに通うなど、日課の枠を作っていこうとされていた。
 私はグループホーム勤務の経験から、認知症の方の自由奔放さにつき合いながら、寄り添い、こちらの思いだけで操作することなく、自然な流れに任せて支える方が、いい結果につながるように思っている。なんと言っても「理解」が大切で、トシさんの「誰が家を回転させた!」という叫びは、認知症による恐怖と、不安の現れだったように思う。居宅やデイサービスは、「在宅」を支える位置にあり、今までとは違った変化に戸惑う本人や家族と出会う現場だと思う。そして「居宅」は、事業所の顔・玄関でもある。今回、私が引き継いだケースの中にも、認知症で混乱する家族と手探りで、その方向を探し始めたケースがある。現代の医学では、完治されない認知症ではあっても、ケアの現場にはいろんな可能性があるように感じる。

 トシさんは私が訪問した日、ちょうど買い物に出かけていた。介護度がついてから初めてのお出かけだったと言う。近所の裏通りにあるお店まで、曲がった腰で、手押し車を押して一人で買い物に出かけた。車の少ない一本道だから割と安全とのことだったが、往復するには結構な距離になる。トシさんがそこまで頑張るには意味があった。おさぼり計画の次の利用日に、綺麗にラッピングされたチョコレートがスタッフの太田代に渡されたというのだ。その日、遅くなって朝食を食べてこなかったトシさんのために、太田代が温かいおにぎりを握って出したらしい。トシさんはそのお礼がしたくて、買い物に行ったのだった。その動機となった温かいおにぎりは、太田代との繋がりでもあった。またトシさんが、悪巧みを打ち明けられる相談員の米澤の存在も大きい。なかなかぐっと来る話だ。現場にはこうした話しがたくさんある。ケアマネージャーである私は、このような大切な物語を家族や事業所から聞き取り、お互いを繋いでいきたい。そこに利用者の人生も、我々の地域社会もあると思う。ただ機械的にサービスを並べるだけの「居宅」にはなりたくないと強く自覚させられた。 味わい深い人生の物語を紡ぐケアマネージメントを目指していきたいと思う。
 
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