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神戸の街をつくる料理人から学ぶ【2012.04】
厨房 小野寺 祥

【セミナー発表】
 「ユニットケア全国実践者セミナー」で発表することになり、3月9日から12日まで大阪、神戸に出かけてきた。
これまでの厨房の取り組みを『脱・給食〜食事を通じてあなたと生きる』と題して発表した。何年ぶりかのスーツ、皮靴・・・。会場では大きなスクリーンを見つめるたくさんの視線に緊張する。「爆弾落としてこい!」との先輩の言葉がよぎる。これまでの日々の取り組みを、そのまま伝えればいいと自分に言い聞かせる。檀上に立ち、皮靴を脱ぎスイッチオン。ソフト食や行事食の画像に「おぉ!」とどよめきが起こる。発表後、「自分たちもこんなことをやりたいんだ」と共感の声が届く。ソフト食はまだまだ始まったばかり。集団給食ではない、個々に添ったひとりのための食事つくりを目指そうじゃないかと話が膨らむ。
 全体としては、たいしたこともない発表がほとんどだったが、前夜祭でお世話になった博愛の園のスタッフにはどこか銀河の里と同じにおいを感じて、そこの管理栄養士さんとも話しが弾んだ。これからも繋がっていきたいと思う。

【神戸散策】
 セミナーのあいだ3日間、神戸の街を歩いた。『食の街神戸』と言われるだけあって、三ノ宮から元町の間は所狭しとスイーツ、パン屋、イタリアン、フランス料理とお店が並び、中華街もある。異国情緒に溢れ、外国の国旗を掲げている建物が立ち並ぶ。生田神社には『包丁塚』という史跡があり、料理人の魂の籠った庖丁に感謝すると共に、食文化の向上を願い、神戸市内の料理食品関係者によって建立されたという。夕方になると、和を漂わせる料亭の灯りが付き始め、昼間とはまた違った神戸の街が見えてくる。今後の食事作りの上で舌に磨きをかけるべく、私たちも街に繰り出した。

 一日目の夜は、食通が集まるという神戸北野坂の『てんぷら 吟や』に入る。7席のカウンターと4人席のテーブル席がひとつという店だが、目の前で揚げているところを見たくてカウンターの席に座る。一番右の席にはてんぷら屋なのに鍋を食べている、いかにも常連風の叔父様を少し気にしつつ・・・。
  店主は神戸の日本料理屋で修行したあと、このてんぷら屋を開いたという。1発目はエビ、いきなり生きた海老が、慣れた手つきで天ぷらになって出てきた。新鮮そのものだ。揚げたてのてんぷらは天つゆと〈ぬちマース〉という天然塩で頂く。食材は店主さん本人が神戸港の市場や、業者を回り買ってくるそうだ。れんこん、たけのこ、たらの芽、のどぐろ、きす、しらす、そして白子と出てきて、幸せな時間を過ごした。
 洗練された店内の作り、無駄のない動き、きれいに磨き上がられた調理場、厳選された食材を用意し、ひとりひとりのお客と向き合い料理を作り上げている感じに好感がもてる。30代前半の店長は、食材選びからお客さんの口に入るまで1人でやっていると自信に満ち溢れていた。
 そのうち例の右の席でナベをつついていた叔父様と話に花が咲いた。「神戸のここら辺りのいい店はみんな知っている。ただし私がいくところは、高いぞ」とお金持ちらしい。おそるおそる年齢を聞くと、88歳というので、信じられないと言う顔をしていると免許証を見せてくれた。
 二日目は1時間ほど三ノ宮の街をあるき、『すぎなか』という和食屋に入った。店に入るとキッチンの後ろには店主さんが選んだのであろう皿が並べられ、お品書きは手書きだった。たこの煮付けが柔らかかった。たこは固いと思って、今まで里では出せずにいたが、このたこは柔らかく高齢者でも行けそうだ。調理方法を聞くと酒と塩で4,5時間ひたすら煮るという。たこやいかが大好きなすばるの洋治さん(仮名)の顔が頭に浮かび里でも作ってみたいと思う。
 様々な皿に次々と料理が盛りつけられて出てくる。ひとつひとつ店主が選び思い入れもあるのだろう。その皿から料理が生み出されているのではないかと感じるぐらいだった。セミナー発表でも取り上げた料理と器。料理を物語り、引き出す器は食事を考える大きな要素だ。小鉢ひとつにも、その盛り付けにも、食べる相手のことを細かく配慮し、考えぬかれているのが解る。開店したのは去年の8月ということだったが、若い人が復興への情熱を持って活躍していることに感銘を受けた。
 そして最終日の昼食は、出かける前に予約しておいたフレンチレストラン『Sans Filtre』。夫婦でやっている店内にはジャズが流れ、カウンターが10席だけの狭いが落ち着いた雰囲気。シェフの田中さんはフランスで修行してきた方だが、出かける直前に阪神淡路大震災にあい、帰国後、独立開業されたという。料理の説明に料理の物語が始まる。こちらは背筋がピンとなる。狭いカウンターのさらに半分くらいの厨房で料理が作られ、カウンターで盛り付け、ソムリエの奥さんが料理を運んで説明をする。二人の連携で料理と雰囲気を作りあげている感じがいい。前菜からデザートまで心配った盛り付け。温度にまで驚くほど繊細に気持ちが入っているのがストレートに感じられる。料理の世界に吸い込まれてしまったような感覚の中で、ひとくちひとくち料理を味わった。カラフルな彩りも目で料理を楽しませる。昼食だというのに夢を見ているかのような時間を過ごした。

【神戸の息吹】
 東日本大震災からちょうど1年目、そして阪神淡路大震災から17年というところで、私は神戸の街を歩いたのだが、神戸は若い料理人で街が作られて行っていると感じた。私とさほど歳の離れていない人たちが、自信に満ち溢れ店を持ち、活躍している。それは子どもの頃に震災を体験した世代だ。新しい店を切り盛りし、街を自分たちが作っていくという強い志と、それを支える、てんぷら屋で出会った叔父様のよう高齢の大人のバックアップで新しい神戸が生まれようとしているのではないかと感じた。若者の情熱とそれを見守り支える中高年の世代が支え合っている。岩手にそれがあるだろうか、岩手はどのように変わっていくのだろうか。セミナーの参加を通じて、大阪や神戸の街や人には思ってもいなかったような刺激をたくさん受け、興奮は簡単には冷めそうもない。関西の気風なのか自信にあふれ、意欲的にコミュニケーションを行う人々。そこからうまれてくるたくさんの発見と想像。思っていても自分のなかで抱えて、口には出せず、話は始まらず、解決もしないような今までの自分がいる。銀河の里はそんな風土ではなく、どちらかと言えば関西風に開けっぴろげで行けるところだ。今回のセミナー発表や、神戸の街、料理人をみて感じたこと等を大切にし、私は栄養士として料理人として、そして岩手のこれからを作る人間として育って行きたいと思う。
 
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