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里の現場とアートシーンにみる女性原理【2012.04】
理事長 宮澤 健

 先月号で話題にしたピナ・バウシュの映画と松井冬子の展覧会を見てきた。映画「踊り続けるいのち」はピナの作品をオムニバスで紹介しつつ、ダンサーのインタビューで構成している。ブッバタール舞踏団の団員が、ピナとの出会いやピナから学んだ身体表現の哲学などを語り、ピナへのオマージュとしての作品になっている。ピナが彼らに何を伝えたのかが、インタビューから感じられて興味深い。ピナは言葉ではない何かで伝えている。「踊ろう。踊れば見えてくる。感じよう。感じれば自分が現れる」そんな呪文が聞こえてくるようだ。もちろんピナは本も書いているし、たくさん語ったにちがいない。しかし本質は、説明や解説では伝わらない。ピナは身体を通じてたましいを理解し悟りのような境地に至ったのか、透徹した感性やセンスがあったのか、もしくは深い美学を磨き上げたのか。インタビューの語りはピナの存在に触れ、自身の発見のプロセスが起こったことを語っている。それは舞踏の技術でもなければ、舞踏についての能書きでもない。舞踏によって発見した自身の存在と命の語りだ。
 我々の現場も同じだ。ショッカイ(食事介助の略)だのタイコウ(体位交換の略)だの作業や技術に特化して、仕事をかたづけてしまうことは簡単にできてしまう。しかしそれでは出会いも自分の発見も起こらない。作業としてこなせば良いとする人も場合もあるだろうが、感動もない人生で終わるのではないかと思う。企業や工場で車や電気製品を作り利益を上げるための能力が求められる今の社会において、因果論と明確な説明にできる思考が必要とされるのはわかるが、人間が生きていくには、戸惑いやおののきを伴う、答えのない世界も消し去るわけにはいかない。痛みや傷によって開かれる関係の世界は深い実感をともなう世界を提示してくる。震災以降、絆という言葉が氾濫しているが、人と人が切れて、繋がることができなくなっている現状が反映して、震災によって、現代社会の奥底の悲痛な叫びが聞こえてくるようになったのかもしれない。明治以降の近代化のなかで、しがらみという絆を必死で断ち切って自立しようとしたら孤立してしまった。そこから無縁社会が生まれ、孤独死などが社会問題にもなる時代だ。本来の日本らしさは取り戻せるのだろうか。
 エロスの働きの本質は、何かと何かを繋ぐ作用にある。だからこそ、これからの地域社会にはエロスが必要だと思うのだが、実際の地域には形骸化したしがらみが残るだけで、期待する絆とはほど遠い現実がある。しがらみでがんじがらめになりながら、一方で技術や理論で切り刻まれる辛さに若者達は傷ついて育つしかないのではないか。
 ピナの作品は、そうした近代の病理に真っ正面から向き合い、個々を魂の次元から解放する迫力がある。先月の里で行った事例検討会のテーマが「身体と痛み」だったこともあってこの映画はかなり考えさせられた。
 事例検討会は、発表と検討会を合わせて4時間を要したが、それでも時間が足りない感じがするのは、発表者、参加者それぞれの心のなかでうごめくことが、まだまだ語りきれないほどあることが感じられるからだ。もちろん全部はき出せないし、大半は抱えておくことが大切だろう。
 人生には語り得ないものがたくさんある。ピナの仕事も、ほとんど語り得ないことだろう。それらは感じるしかない。だからこそ身体の可能性にピナは賭けたのではないか。語り得ないものは、無いことになってしまうのが近代科学だが、語れない、答えが出ないもののほうが圧倒的に多いのが人生なのだから、銀河の里では、それを特に大切にしようとしてきた。 もう一本同時上映された『夢の教室』は、やはりインタビューを入れた、ドキュメンタリーだが、一般の10代後半の若者を集めて、ピナの1978年の作品『コンタクトホーフ』を上演するプロセスを描いている。生い立ちや環境から、こころに傷を負った若者達に、ピナは踊ることを通して、ひとりひとりの魂に語りかける。初めは「わからないよ」「できない」などと言っていた若者達もやがて役の身体表現を通じて、自らと出会い、自らを開いていく。若者達は、育っていく自分に驚きながら、最後は観客を巻き込み、上演は喝采を浴びて終える。成し遂げ、舞台が成功した感動と同時に、新たな自分が始まっていく予感に若者達の顔は輝く。触れると傷つけたり壊してしまう恐怖で、本当は触れたいし、触れて欲しいのに、触れられず触させもせずにいる葛藤。コンタクト(ふれあい)ホーフ(館)は触れることの中に包含されていた傷も含めて、現代社会のテーマと向きあった作品で30年を経た今も輝きを放つ。ドイツはまた日本とは違う社会事情だろうが、やはり近代のがんじがらめに苦しんでいる若者達に身体表現を通じて迫った、ピナの柔らかくも力強い支えに励まされる。
 やはり先月号に書いた、松井冬子の展覧会を最終日に観に行った。帰り際、ロビーで背の高い女性とすれ違うと、それは冬子氏本人だった。ちょっと挙動不審っぽい様子は私の冬子イメージとぴったりだった。背丈があってハイヒールなので175cmくらいありそうな上に、度派手な化粧と服装で、「頑張っている」という感じだった。見るからに闘争の人、しかも繊細だ。ロビーに立って、お客さんが握手を求めて語りかけるのを丁寧に対応していた。そのうち、ちょっと認知症気味のお婆さんが、冬子氏本人と知ってか知らずか声をかけた。お婆さんは背が低いので、冬子氏は上半身を折り曲げて、口もとに顔をくっつけるようにして話しを聴こうとしていた。それでも何を言っているのかよく解らず、何度も聞き返すのだが、意味が通じず困った様子に人柄が表れていて、画家松井冬子の素顔を垣間みるようだった。やがてお婆さんは一方的に話しを終え冬子氏から離れた。私はそのお婆さんにうなずきながら手を振った。お婆さんが去っていくと、冬子氏がチラッと私の方見て微笑んだ。
 冬子氏には若い女性が多く声をかけていた。話し終わった女性にいかついプロレスラーのような男が丁寧な言葉で、「お客様今度の展覧会のご案内です。どぎつい言葉も入っておりますがよろしければどうぞ。」とパンフレットを渡していた。あの男は誰だ?と気になったが、後で諏訪敦の画集『どうせなにもみえない』を見て、その人は松井冬子を世に出したとも言える画廊のオーナー成山明光氏だったことがわかった。
 松井冬子の仕事については、前号で書いたので省略するが、これからの作品が楽しみだ。男性原理でがちがちになってしまった今の社会を、銀河の里の女性たちも含めて、 若い女性の感覚が社会をどのように変えていくのか期待をしてしまう。抵抗もあり、模索も必要だろうが、なんとしても頑張ってもらいたい。
 ピナは2009年に亡くなったが、没後も作品は上演されているし、すでに生前から同志によって、『夢の教室』に描かれたような取り組みがなされてきた。その精神は継がれていることがありがたい。
 私も里の活動を通じて、結構悩みながら、若者を育てようと奮闘し、女性原理を復権させた実践を進めてきたのだが、ピナや松井冬子のように作品として表せないし、世界的に有名になったり、評価されることはない。それどころか変わり者扱いされ、地域で嫌がらせを受けるのがせいぜいだろう。長年の私の想いは、誰にも継がれることもなく、たわごとで終わってしまう運命のようだ。それでも捨て石のひとつ、裾野の一部にでもなれればと思う。彼女たちに同志を感じながら、行ける所まではひるまず戦い続けたい。

 先月号を含め、おりにつけ、エロスや女性原理の復権の期待を書いてきた。今月号の施設長の文にもあるとおり、未来への光明を見いだす糸口をそこに感じるからだ。里の事例検討もそうした視点での挑戦である。因果論や一直線の説明ではないので、一般にはわかりにくく、全国の発表の場に行っても、里の発表は別次元の語りになってしまい、 逆に他の発表は参加した三浦君たちは違和感を持つ。それは業界にとって新たな次代を開く起爆剤にならないだろうか。最近出会った以下の文は、そうした里の取り組みのベースに極めて近いと感じたので最後に引用したい。
 
 「男性的生き方がひたすらひとつのものを目指すのに対して、女性の生は二つのものに引き裂かれつつ、その間を生きていると言えようか。ここで言う男女の区別は生物学的相異にもとづくものではないが、男なるものと女なるものとは永遠に出会いそこない続けると言ってよいかも知れない。しかしながら、この出会いそこないにおいてこそ人間の生の現実は開かれる。そしてそれは、女性なるものが自らの中に「空」の「場」を持ち続ける限りにおいてであると考えるのは不遜であろうか。
 とはいえ、この「場」は、油断するとすぐさま何かで埋められてしまう。(中略)女性なるものが、もしこの「場」を真に「空」にしておくことができるとするならば、すなわち虚しい空ではなく、充ちたる空にしておくことができるならば、それは女性なるものにおいては、この「場」が同時に命の通路と重なる。「空」であるがゆえにこそ存在へとつなぐこの女性なるものの「場」を媒体として、我々人間は内なる他者と対話し続けるのであろう」
 『今なぜ結婚なのか』鳥影社 伊藤良子 あとがきより (要約 宮澤)
 
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