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第11回気づきを築くユニットケア全国実践者セミナーに参加して
〜久しぶりの里からの発信〜【2012.04】
副施設長 戸來 淳博

【経緯】
 先月3月9日〜12日の4日間、特養のスタッフ3名と共に大阪・神戸に研修に出かけた。今回は『第11回気づきを築くユニットケア全国実践者セミナー(以下、実践者セミナー)』に里の特養から2事例を持って参加した。開設当初はグループホームやデイサービスの発表をしていたがここ6,7年はなく、里として全国の場での発表は久しぶりだった。
 去年の9月、施設長から薦められ、名古屋で行われた『第13回ユニットケア全国セミナー』に参加した。里の特養開設以来、全国的に始まったばかりのユニットケアの状況が気になりつつも、これまで介護現場の発表を聴く度に落胆させられて来たのであまり期待はしていなかった。
 ところが大阪の社会福祉法人博愛社の発表は面白かった。「施設の朝食をぶち壊す朝ご飯」とのテーマで旧体制の常識から脱却し、利用者主体の暮らしを取りもどすという取り組みの紹介であった。それは特養開設以来、奮闘してきた私の思いと重なるところを感じ、会場で博愛社の方と名刺交換をした。始まったばかりのユニットケアは手探りの状況で、3年目ながらその里の取り組みは、全国的にも先駆的な取り組みと直感し、こうした場で発表して今後のユニットケアの流れに布石を打ちたいという思いに駆られた。
 名刺交換をした博愛社の喜多さんには、里に戻ってから「あまのがわ通信」を送ったがその感想は帰ってこないままだった。ダメだったかな・・・そんな思いで過ごしていた。ところその2ヶ月後、理事長と施設長で障がい者通所施設の見学と営業を兼ねて関西に出かけたとき神戸の園田苑の理事長が博愛社を紹介してくれた。そういう経緯で訪ねた博愛社であまのがわ通信を抱えた職員が銀河の里知っていますというので驚かされたのだった。そんな妙な縁もあって、今回の神戸での実践者セミナーでは、博愛社での恒例の前夜祭にも参加させてもらった。
 里の視点は、利用者を対象化して問題点を掲げそれを操作的に扱って、結果どうなったかという因果論にとらわれるのではなく、スタッフと利用者が里という場で出会って、どういうことが起こったのかという人生のプロセスを見ていこうとしている。介護が行われる場ではなく、人と人が出会い生きる場でありたい。あくまで人生を豊かに生きることを目指そうとしてきた。それが里流のノーマライゼーションの理解であり実践だとの想いで取り組んできた。グループホームやデイサービスで培ってきたこの方向性は、一般的な福祉施設の考えや視点とは別で、かなりの独自性を持っているようだ。それを特養でも実践したかったのだが、それができるだけの職員の育成に相当苦労したが、4年目を迎えたところで、里らしい取り組みもできてきており、特養から2事例を発表してみたいと思った。

【準備】
 発表事例の一つは、ターミナルケアがテーマで「かけがえのない出会いと別れ」と題し、新人介護スタッフの三浦君のイニシャルケースであったTさんとの出会いから別れまでの10ヶ月を、二人の関係を軸としてプロセスを追った。もう一事例は、食と暮らしをテーマにした部門で、特養栄養士の小野寺さんが、田んぼや畑を耕す所から関 わり、利用者ひとりひとりの個別の食事作りを心がける日々を「脱・給食〜食事を通じてあなたと生きる」と題してまとめた。
 社会人1年生の三浦君は特養でTさんと出会う。初めTさんは若く経験のない三浦君の介護を拒んだ。それでも三浦君は果敢に挑み、Tさんから「おまえを育ててやる」と言われる。Tさんは会社の役員で新人教育を担当していた方だ。死を覚悟しながら、その恐れと闘うTさんは三浦君を育てることを通して死を受け入れていった。三浦君はTさんとの濃密な日々に介護職として人間として育ててもらうことで、生涯Tさんに支えられ続けるであろう関係を築く体験をした。問題をどう解決したかという医療モデルではなく、人と人が出会い生き死ぬその関係のプロセスを描く物語モデルは、全国の大会でも当然異質であることは分かっていたが、ケアの現場における人と人の出会いとその関係のプロセスを追い、その意味を紐解いていくことこそ、暮らしの場である介護の重要な点だということを三浦君とTさんの事例が物語ってくれるとの確信から、思い切って提案のつもりで発表させてもらった。神戸出発前、三浦君は発表の報告も兼ね、Tさんの自宅で一周忌のお線香を上げてきた。発表前、Tさんがしっかりやれとにらんでいると三浦君は話していた。
 小野寺さんは、法人の障害者事業と連携し、農業を基盤に取り組んでいることや、障害者事業で厨房の委託を受けるなど、縦割り福祉に風穴を開ける先進的で、銀河の里方式ともいえる取り組みを紹介した。また、一人一人に合わせた食器選びや献立作成はユニットケアの本来の理想そのものであろうし、斬新なソフト食、厨房のハウスでのトマト作りなど、挑戦する栄養士の3年間の取り組みを発表した。

【前夜祭】
 1日目、花巻を朝6時に出発し、11時間かけて大阪入りし、博愛社の前夜祭に参加した。会場では、震災の支援活動等を機に繋がったネットワークで、大阪周辺の施設関係者と岩手、北海道の施設関係者が参加されていた。懇親会では関西のオープンな人柄と勢いにすっかり圧倒され、自分自身が根っからの東北人であることを改めて自覚させられた。同時に関東にはない気さくさと物事に柔軟で、何かを変えようという情熱も感じた。

【発表】
 研修2日目、神戸学院大学を会場にセミナーは開催され、参加者は約800名。発表事例は134事例で、12会場に分かれ、タイムスケジュールに沿って次々と実践報告の発表がなされていった。当初、大学の教授などがコーディネーターとして参加するのではと期待したが、残念ながら施設関係者のボランティアだった。質疑応答の時間は少なく、事例を深めていくという考えはないようで、守りも薄いと感じた。これでは表面を追うだけで、深い問題には触れられないし、迂闊に発表するとケースや発表者を傷つけてしまう危険もあるだろうと感じた。
 私は三浦君の発表で、考察を話す事になっていたが、里の内部とは訳が違って、理事長施設長の助けもないアウェイの会場で非常に緊張した。里の人の声が聴きたくなり何人かに電話した。発表会場は、30人程度の少なめの聴講者だったが、前夜祭で会った博愛社のスタッフも参加してくれていた。三浦君の発表が始まると会場はす っかり里の雰囲気に変わったようで、聴講者は飲まれるように静かに聞き入っていた。何かは伝わっている感じがしてホッとした。終わると静かに拍手が起こった。時間オーバーの鈴もならず、すっかり聞き入って鳴らし忘れたと言うことだった。会場からの質疑がひとつもなかったのは残念だったが、発表後、数名の方に「(上手く言葉が纏まらないけど)感動しました。」と声をかけて頂いた。異質過ぎて戸惑いはありながらも、心には響いた様子だった。
 その直後、別会場で小野寺さんの発表が始まった。三浦君の発表を聴いて、同じ法人の発表とあって会場を移動してくれた方もあった。発表が始まると、里の全景や農作業の風景のスライド一枚一枚にざわめきが起こった。銀河の里方式ともいえる有機的な組織のあり方や栄養士の戦う想いが会場に伝わったようだった。発表後、大きな拍手をもらい、会場の外で「(組織や姿勢に)すごいですね!」と言葉をかけられ名刺交換を求められた。

【神戸の町】
 3日目、講演で『実践者セミナー』を終えた。その日は、震災1年目の日で、参加者からねぎらいの言葉を頂き、「何かしたいが何をしていいのか分からない」との想いも伝えられた。前夜祭とセミナーでも、震災をテーマにした講演がプログラムされていたし、神戸の町中でも震災の追悼イ ベントが開催されていた。遠く離れた地で多くの方が東北に想いをはせてくれていた。3.11の震災という大きな傷が、社会で希薄化した繋がりや関係性をもう一度見つめ直す機会を与えてくれている。震災から17年を迎えた神戸の町並みにも様々な思いがわいた。

【戻ってきて】
 4日目、帰路につくが、途中北陸で大雪にあい12時間かかって帰ってきた。戻ってきてから様々な思いが沸いてくる。伝えたい、繋がりたいと想いながらの4日間だったが、簡単にはいかないなぁ・・・と思う。全国にある介護現場で介護者は作業をしているだけのはずはない。そこでは日々、出会いもあり、人生の何事かが生まれているにちがいない。その感動や戸惑いを人間として共有することは大事なことだと思うし、福祉現場はそこをやる必要があると思う。介護現場は作業や管理に終始する所であってはならない。そこは暮らしの場であり、人生がある。社会や人間や人生にとって、とても大切なことがあり、大事な事が起こりうる場なのだとの認識を深めたい。
 草創期の10年を駆け抜け、新たな10年に突入している銀河の里、特養もいよいよ4年目を迎え、里らしい取り組みが本格的に始まると思う。新人を含め、若いスタッフに期待したい。
 
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