トップページ > あまのがわ通信 > 2012年3月号 お風呂で聴く、心の声

お風呂で聴く、心の声【2012.03】
デイサービス 及川 紗代

入浴中の利用者さん達は、いろんな表情、個性を見せてくれる。入浴が楽しみな人、嫌で拒否がある人、怒っている人も入浴への思いは様々だが、湯船に浸かると不思議と穏やかな表情になったり、普段は聞けないような話がポロリと出て、その方を知るきっかけになったり、考えさせられたりする。「お風呂」は体も心も裸になれる場所であり、利用者さんの心に触れ合えるとても大切な時間。清潔の保持だけが目的ではない、利用者さんのペースに合わせて、ゆっくりと話に耳を傾けて、入浴=コミュニケーションの場ということが今まさに実感している。
秋から、里のデイサービスを利用している辰也さん(仮名)。初めてデイサービスに来た時の印象は、ハンチング帽にピシッとスーツを着たハンサムな紳士。言葉遣いも丁寧で上品な方。 それだけに取っ付きにくい感じで、デイホールに緊張した空気が流れる。私も話かけてみたいが、どんな風に話したらいいだう?と戸惑う。引っこみ思案で、臆病な私は上手く話もできず、その上品な緊張感のある雰囲気にしばらくは様子を伺うだけだった。特に、利用に当たっての申し送りでは、デイサービスという言葉自体に拒否的で、他の施設の利用を頑なに拒んできた方だということだったので、余計に緊張した。
そんな私が、辰也さんと自然に話ができるようになったのは「お風呂」だった。利用当初、お風呂に誘ってもなかなか乗ってもらえず、拒否も多く、男性スタッフが一緒に入ったりしながら、温泉の雰囲気を出しながらやっとこさっとこ入浴をしてもらう状況だった。ところが、一月も経つと次第に入浴が楽しみの一つにしてもらえたようで、女性スタッフの介助でも「おしょす」と言いながら入浴できるようになった。男性スタッフと入る時とはまた違い、女性スタッフとの入浴では冗談もどんどん飛び出し、下ネタも出るほどになった。「お風呂か。どうしようかなぁ」と迷っている辰也さんに、私と田中さんの女性2人で声をかけると、「2人に洗い殺されるんじゃないか?」とおどけ たり、「一緒に入ってくれるならいいですよ。」と笑ってくれたりするようにもなった。着脱を手伝っていた熟女の高橋さんの胸元にお礼のチップを入れてくれたりもする。「お姉ちゃん達に洗ってもらっていいなぁ」と終始ニコニコだ。刺激的な言葉も多いけれど、聞いていていやらしい感じではない。
「私はね、十何年も前に妻を亡くして、女性のことは我慢して来ました。」と、辰也さんとの会話の中に出てくる言葉なのだが、奥さんを亡くし、女性と関わる事がなかった寂しさや懐かしさ、女性に対する素直な思いが伝わってくる。お風呂では、女性スタッフを誘ってみたり、からかいながら年をとって男性として衰えてしまったことなども冗談混じりに語られる。照れ隠しのようなものもあるのかな?と感じる。
入浴の終わりには、「また会えるかな?」と毎回チップをくれる辰也さん。「ありがとうございます」と受け取ると、満足そうな笑顔。堅苦しくて緊張していた利用当初から比べるとかなり和らいで随分と印象が変わったが、根にある“紳士”は変わらず、品があり、やさしく、周囲への思いやりにあふれている。
社会的な場面で性が語られることははばかられる。デイサービスも当然社会的な場面だが、お風呂という少し解放された個人的な場面では性が解放されて、語りに繋がることも多いと思う。性の表現はかなり個性的で、あからさまに女性スタッフの体をさわろうとする人もあるし、下ネタが好きな人もある。「いやらしい」「女好き」といったマイナスのイメージで括られてしまいがちだが、単純に否定したり、ないことにはできない大切なテーマではあると思う。辰也さんの普段の上品なたたずまいもあり、お風呂という特別な場のみで出てくる奥ゆかしい性の語りや表現は、全くいやらしさを感じさせない。むしろ性に対し純で正直な感覚で生きてこられたんだなということが伝わってくる。性は聖なるものにも通じるし、逆に汚いものにもなる。関係において性にどう向きあうかという姿勢は、介護支援の現場においても、人間性の尊重からしても重要なテーマだと感じた。
 
〒025-0013 岩手県花巻市幸田4−116−1
TEL:0198-32-1788 FAX:0198-32-1757
HP:http://www.ginganosato.com/
E-mail: