トップページ > あまのがわ通信 > 2012年3月号 フユさんの風船

フユさんの風船【2012.03】
特別養護老人ホーム 中屋 なつき

毎度お馴染み、ソファに横になって大半夢の世界に生きているフユさん(仮名)に、おやつのお誘いで声をかける。やっと目を開けたフユさんの第一声、「ひとりひとっつずつだって言って、ける人、あったった〜♪」…ん、何のこと?と思って「何をもらったの?」と尋ねると「風船よ〜」とのこと。わ〜!風船?!  それを聞いて私の脳裏に、幼い頃の思い出が蘇る。まだ私が幼稚園にあがる前だ。母親に連れられ弟たちと一緒に散歩がてらに寄った銀行で風船がもらえた。私にとっては銀行は“風船がもらえる所”だった。色とりどりの風船がたくさんある光景は夢のようで心が躍り、私は赤、弟は青…と好きな色を選んでひとつずつもらう。そのまま風船ごと空に舞い上がっていたのではないかというほど、大はしゃぎで帰ったものだった。  さて、そんな子どもの頃の情景を思い出させてくれたフユさんの風船の夢はどんなのだろう?「誰にもらったの?」とか「どこでもらったの?」と立て続けに問いかける。夢から目覚めるフユさんはいつも、たった今まで行っていた世界を時折語って垣間見せてくれるが、こちらのイメージ力がついていけずに外した質問をしてしまうと、途端に世界はかき消えてしまう。なおかつ、フユさんはいつも真相を明かさない。この時もやっぱり、「誰に?」に対しても「ける人、あったのよ〜」とか「どこで?」にも「すぐそこで」という曖昧な返事で、ちょっとズルい答えについ笑ってしまった。
そんな調子にしかたなく、そのまま私の“銀行の風船”という線で話を進めてみる。「私の分もある?私にもちょうだい」と迫ると、ウンウンと頷きながら「んで、オメには赤いのな〜」とにっこり。通りかかった板垣さんが「私にも〜!」とねだると「おかしねぇな、けだはずだったな…」と返ってきて、「えー?!じゃぁ、えっと…、飛ばしちゃったよ〜、えーん」という展開になった。「あや〜!」と悔しそうな表情をするフユさん。やりとりを見守ってくれていたリビングのみんなが笑いに包まれる。
当の本人フユさんは、その後もひと眠りしたあと、また起きて、「わらしゃんど、なぁんと喜んでらった〜 ♪」と満面の笑顔だ。わ〜、まだストーリーが続いている! 風船、もらってきたぞ〜、オメには赤、オメは黄色…な、いがったなぁ♪ そう言いながらニコニコとわらしゃんどに風船を手渡しているフユさんの姿が目に見えるようだ。「ありがとう、ばぁちゃん!またもらってきてね」と声をかけると、微笑んでうんうん!と応えてくれるフユさん、たくさんの風船につりあげられてソファごと飛んでっちゃうくらいの幸せな画に見えた。
この日の“風船エピソード”は、しばらくの間、私の中でほこほこした暖かみを残していた。どうもあの“銀行の風船”が気にかかる。今どき銀行で風船なんか見かけない、私の思い過ごしかなのか、 そうした時期があったのか、地域的なことなのか? 私が幼少期を過ごしたのは、昭和50年代の盛岡。20代の若いスタッフに聞くと、そんなのは見たことないと言う。同年代の花巻育ちのスタッフは「あった、あった!」と言っていた。フユさんがまだ小さいお孫さんのためにもらって帰ったきた風船は、私の推理では銀行に置いてあった風船にちがいない。フユさんのお孫さんに確認してみよう!と気になって事実を明らかにしたくなった。
ところが今、この文章を書きながらふと思ったのは、“曖昧だからこそ鮮明な世界に行ける”のではないかということだ。フユさんの断片的な言葉と曖昧な言い回しに、こちらのイメージは遠く及ばないことの方が確かに多いが、明確に真相を明かさないでくれるからこそ、逆に、そこに触発されて出てくるこちらの思いが、まるで目の前で再体験しているかのように鮮明に蘇ったのではないか…。フユさんの風船がどんな風船だったのか、その真相は明らかにならずとも、フユさんのイメージ世界そのものには辿り着けないとしても、確かにその時、フユさんには“フユさんの風船”、私には“わたしの風船”が、ハッキリ見えていた!フユさんと私のイメージ世界が別々に、しかも同時に各々が鮮明に立ち現れてくるイマジネーションのシンクロ現象。その時間は、なんだか奇跡みたいなことが起こっていたのかもしれないな…と感じる。そういう奇跡が、日常のバタバタの中に突然にしてポカッと起こる。すごいことだな…と思う。
 
〒025-0013 岩手県花巻市幸田4−116−1
TEL:0198-32-1788 FAX:0198-32-1757
HP:http://www.ginganosato.com/
E-mail: