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異界の人々の織りなす守りの場【2012.02】
デイサービス 米澤 里美

 認知症対応型の里のデイサービスには、他のデイサービスで本人の拒否で通えなかったり、いわゆる帰宅願望や徘徊が激しく「対応困難」として断られ、紹介されるケースがかなりある。
 対応困難とされる事情をお持ちの方々が集まるので、日々未知数で、今日はどうなるんだろう、どんなことが起こるのだろうといちいち不安がってはいられないので、もう期待して楽しみにするしかない。
 最近利用を開始された隆二さん(仮名)は、そんな私のワクワクドキドキ感をより高めてくれる人だ。他のデイサービスでは、お昼まで持たず、怒って帰ってしまうので利用を断られ、里でお試し利用を始めた。かつては経営者でいろんな事業を興した人だけあって品格もありユーモアもあり、お話ししていると楽しくて話が尽きない。「帰宅願望」が出るんだろうか?と不思議なくらいだったが、お昼になると「私みたいな異端児、ここにはいられません!皆さんに迷惑かけますから。失礼します!」と利用者さんとスタッフに丁寧に挨拶して玄関へ向かった。それが笑顔でニコニコなのが特徴だ。どんなイメージで帰らなければならないのかな?と関心を持って同行してみた。ドライブをしたり、別棟の特養の喫茶コーナーにお邪魔したりしながら、気持ちが切り替わらないかアプローチもする。しかし「転がってでも歩いて家に帰ります。」と笑顔ながら、帰る気持ちは頑なだった。
 一旦デイホールに戻っても「じゃっ!こんなことしてられません。そろそろお暇致します。失礼しました〜!」と笑顔ながら帰る気持ちは変わらない。午後、そんなやりとりを続けて初日はなんとか過ごした。1対1対応で、隆二さんのイメージについていくのにかなりのネルギーを使ってヘロヘロになった。二回目利用の前日にミーティングをするが、どう展開するのかは全くの未知数だった。
 2回目の利用の朝、不思議なことが起こった。送迎車で一緒になった静香さん(仮名)と隆二さんが車中、楽しそうに盛り上がって会話している。会話と言っても、隆二さんは隆二さんの話、静香さんは静香さんの話がぶわーっと全開して、話はかみ合ってないし、言葉のキャッチボールもないんだけど、二人とも笑顔!この感じがおもしろい!今日はどんな1日になるんだろう?!とワクワクする。その日も隆二さんは、仕事があって、事務所に行かなければならないらしい。「皆様に助けられてここまでやってこれました。ありがとうございましたー!!」とちゃんと挨拶して帰るのが隆二さんの流儀。その挨拶にフジ子さん(仮名)、政雄さん(仮名)、清さん(仮名)が「そうですか〜。またきてね〜。」とキチンと受けてくれる。いつもはフジ子さんも、政雄さんも「帰る」と忙しい2人なのだが、今日は送り出す側に回っている。おりから「山〜!行きた〜い!」と出て歩きたいエツさんは、隆二さんと一緒に出かけるつもりになっているが、そこはエツさんにちょっと我慢してもらって、隆二さんと里の「事務所」に出かけてみ た。しかし、そこは隆二さんのイメージとは違ったらしく、またデイに戻ってきた。デイの玄関を入ると、エツさん(仮名)が拍手して笑顔で出迎えてくれる。他の利用者さんも「あらいらっしゃい〜!」と笑顔で迎えてくれた。隆二さんも「また来ましたー!」と応える。ここで現実を突きつける人はいない。デイサービスのホール全体がふわ〜っとした柔らかい雰囲気に包まれて、立派に異界になっている感じ。それぞれが自由にイメージを生きていられる感じがとてもいい。今生きている自分の物語の世界をだれも現実で壊したり脅かしたりはしない。
 ところがそううまくいかない時もある、3回目の利用時にはイメージに添えず、現実的な対応をすると、隆二さんはたちまち怒ってしまった。仕事にタクシーで出かけなければならないイメージの隆二さんは「雪でタクシーはきません」と突きつけられてきつかったのだろう。「人をバカにしてはいけません!もう二度と来ません!」と隆二さんの怒りのメーターが振り切れたので、スタッフの車で街に向かうしかなかった。
 ちょうど会議で外出していた私は、「タクシーで帰る」イメージが続いていることをスタッフと電話で打合せ、タクシーの運転手になって途中で落ち合った。車には納得して乗ってくれたのだが、車中「一緒にお食事しましょう」と声をかけたのは、役作りとしては失敗だったかもしれない。ところが、その言葉に違うイメージが展開して、隆二さんは30歳になり、私と結婚するという物語になった。デイではちょうどソノさん(仮名)の誕生会をやっていたのだが、すっかり隆二さんの中では自分の披露宴になり、立派に挨拶もした。その挨拶にフジ子さんとソノさんが暖かい拍手をしてくれた。私と夫婦のイメージは、送迎で自宅に着くまで続き、家の玄関で消えた。こんな感じで3回目のデイも無事過ごすことができた。
 自在に時空を超えて生きる利用者さんのダイナミックなイメージ。スタッフは現実も押さえておかなければならず、イメージについていくのはなかなか大変だ。でも一方で、認知症の利用者さんは、現実からはずれながらも、イメージの世界ではおおらかな場をつくってくれる。 現実や事実にとらわれず真実を生きる力というのか、物語を支える能力というのか、認知症の利用者さんがつくり出す、豊かで暖かい場はありがたい。それは得も言われぬ雰囲気で、存在そのものを支えてくれる感覚がある。いまどきの世間や、社会とは全く真逆の世界がそこにあると私は感じる。そうした支えと守りの場があるときには、ハラハラドキドキしながらも、個々のイメージを、ゆとりを持って関われる私がいる。逆に、スタッフ主導になり、現実だけが吹き荒れると、たちまち個々のイメージや物語は壊れて「問題行動」にされてしまう。今回のケースでは、隆二さんの怒りは、わき上がってくる物語を生きることを阻まれた。それは物語の破壊に対する怒りではないかと感じた。
 私たちスタッフは、現実に根を張りつつ、不思議な場をそのまま守り、個々の物語を支えるだけの、ゆとりや理解力、洞察力、コミュニケーション力が必要なのだろう。
 
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