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フユさんの学校【2012.02】
特別養護老人ホーム 中屋 なつき 

 フユさん(仮名)は一日を通して目をつむっていることが多く、眠りの世界に生きている。大事なポイントは、寝起きの第一声。ここにみんな大注目、夢の中で活き活きと様々な出来事が起こって、いろんな所に行ったりしているのだろう、その世界の奥深さに驚く。
 ある朝、「おはよう」と声をかけると「学校さ行かねばねぇ」と目を開ける。「んで、まま食って、行く支度すっぺしね」と起きることにする。着替えをしていると「学校さ行って先生に聞かねばねぇ」と続くので「何を聞くの?」と尋ねると「達夫(仮名)よぉ」とお孫さんの名前が返ってくる。やっぱり!と思って「達夫さんが学校でちゃんと勉強してるかどうか先生に聞くの?」と問い返すと、「そうそう」とにっこり。「達夫、きかなくなってケンカばり一生懸命やってませんかぁ…って」「あっはは〜♪」と語って満面の笑みが返ってきた。
 別の日には、朝起こすと「オメ、学校さ行くのっか?」と来た。そこで私が「んだよぉ、行かねばねぇよ、その前にままかせてけで〜(ご飯食べさせて)、腹へったよぉ」と身体を揺らすと、「わぁがった、わがった!」とおばあちゃんの顔で優しく頭を撫でてくれた。朝食を食べながら「私は学校で頑張って、お勉強。ばあちゃんは今日は何するの?」と聞いてみると「ばあちゃんは今日は畑」とにっこり。子どもたち、あるいは孫たちを、毎朝こうやって学校に送り出し、わらしゃんど(子どもたち)の学校での様子に思いを馳せながら畑作業に精出すフユさんのかつての暮らしぶりが想像される。ほっこり暖かい気持ちになってフユさんを見れば、フユさんもふんわりした笑顔を返してくれる。
 ある時はフユさん自身が学校に行っているかのようなセリフも出てきた。深夜の巡回で目を覚ましていたので、どんな夢を見ていたのか聞きたくて声をかけるスタッフ。「どこさ行ってきたの?」と質問すると、当然! という感じで「学校さ行ってきた〜」と!「今日は何の勉強してきたの?」と尋ねると、「あ〜?空のカバンだけ持ってったぁ 〜、あっははは〜♪」と何とも陽気な返事が!しばらく“空のカバン”を繰り返して笑っているので「ちゃんと勉強するんだよ?」と言うと「オラ?オラは勉強さねぇよ〜、あはは〜♪」と返ってきたので、それじゃあ給食だけ食べに行ったようなもんだよね…とスタッフ間でも話題が広がって楽しくなる。
 これだけ“学校”のイメージが多く出てくるフユさんの世界。わらしゃんどを送り出すだけでなく自らも行ってしまう“学校”が、フユさんにとってどんなところなのか、スタッフの関心も高まる。朝の起床介助の時にどんな世界に行っていたのか聞きたくて、楽しみになる。居室に入ったスタッフから「今日も“学校”って言ってる!」と伝わると、リビングのスタッフも「やっぱり!」と、みんなでフユさんの物語に注目する。ご飯を食べながら「これ食べたら、オレ学校に行くよ」とスタッフ、「うんうん♪」とフユさんとの食卓の会話が弾む。「今日は雪降ってら〜、ばあちゃん、送ってってけで〜」には「ひとりっこして行げ〜」と厳しいおばあちゃん。夜勤者が退勤時に「んで、おらたち、学校さ行くよ」「行ってきま〜す!」と声をかけていくと、「まるっこ、いっぺぇ貰ってこぉよ〜」とにっこり笑いながら、指で“まる”を作って掲げ、手を振って見送るフユさんだ。
 夕方、お昼寝から起きたフユさんに、今朝のその様子を思い出して話を振ってみた。「今日ね、学校で先生にまる貰ったよ」とのぞき込んだ私の顔を見て「ほぉ〜!」と高い声!「帳面にまるっこ、いっぱい貰ったよ!」と言うと「んだ〜!」と嬉しそうに目を丸くしてにっこりしてくれる。調子に乗って「宿題もいっぱい出た〜」と続けると、微笑んでいた表情がとたんに硬くなった。あれ?と思いながら「ばあちゃん宿題すけてけで〜(手伝って)」とさらに続けたら…、ぱちっ!と目を閉じて知らん顔のおばあちゃんになった。
 今日も「フユさんの学校物語」は、ユニットほくとで微笑ましく続いている。スタッフもそうした世界に思い馳せ、時に登場人物になり、時にその語りを紡ぐワキとして、フユさんの物語と生きていきたい。
 
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