はる【2012.02】
 施設長 宮澤 京子

 北海道に生まれ育った私には、凍てつく冬の寒さと芽吹きの春は、「直結」したものとして体感している。どんなに厳しい寒さであっても、春の気配とともに、雪の下から芽を出す福寿草からはじまり、梅も桜もこぶしも木蓮も次々と硬いつぼみを開き、春が到来する。それらはじっと寒さに耐え、力を蓄え、時を見誤らず、確実に見事な開花を迎える。私は、季節のなかでも躍動感溢れる春のこの時期が好きだ。高校を卒業して北海道を離れ、40年経った今も、春の象徴としての「桜」は、私の中で、命の躍動を感じさせられる大切なものになっている。
 昨年3.11の揺れで、コーヒーカップが一個割れた。それは京都の窯元で桜の絵柄を特注して創ってもらったもので、よりによってそれが我が家の唯一の被害だった。コーヒー茶碗1コなど全く取るに足りないのだが、気にいって大切にしていただけに、その時は、桜の季節でもないのに「桜散る」と寂しく感じた。そうした出来事もあって、私のなかで春と桜と震災が関連づけられて刻まれ、東北の春がいつどういう形で芽吹くのか、長い冬を堪え忍ぶ今、なすべきことを誤らずなしておきたいと願う。
 一方「桜散る」とは受験生にとってはおぞましい響きだ。個人的なことだが、我が組織にも夢を抱いた青年があり、この数年彼の挑戦を支援してきた。大きなハードルであるだけに、本人も頑張ってはいるものの、なかなか結果が出ずに3回目の春を迎えた。
 私はこれまで、自分の進路に対しては、旧約聖書の言葉に「人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごとだけが成る。」(箴言20章21)という厳しく揺らぎのない言葉を信奉してきた。自分の道について様々な思いや夢を巡らし、そのための努力は惜しまないが、出た結果に対しては、ほとんど揺るがされることはなかった。むしろ結果が出る前から、腹は座っているような所がある。しかし今、自分の努力とは全く関わりのない、青年の運命に関わる結果を待つというその心境は、また別なものがあった。  それは宮沢賢治の『雨にも負けず』に始まる詩のような、日照りの時は涙を流し、暑さの夏はおろおろ歩き・・・そんな‘でくのぼう’の心境だった。賢治はでくのぼうになりたいといっているのだが、私はそんな境地にはとてもなれない。しゃきっとしたいが、落ち着かず、おろおろして、柄にもなく眠れない日があった。自分自身の事であれば、いつも「結果は最善」という信条めいたものに支えられ、合格であろうと不合格であろうと潔く受け入れ、進路変更 熱もたやすくできるはずなのだが・・・親心とはこうしたものなのだろうかとあきれるほどだ。
 彼の挑戦が始まってこの3年間、受験の結果が出るシーズンになると、毎年何か、予感めいた出来事が起こった。一昨年は、夢で、室内のテレビに映る爽やかな桜吹雪に夢心地だったが、外に出ようと戸を開けたら、暗く冷たいみぞれの空から、ぼたぼたと重い八重桜が頭に落ちて来た。その夢で「落ちた」と悟った。昨年は、やはり夢の中で切り絵のニセ桜が現れ「本物じゃない。今年もだめだ!」と落胆した。もうあきらめてもいいんじゃないかと慰める私をはねつけ、「もう一度チャンスを!」と彼は両手をついた。
 今年こそは「3度目の正直」、偽の桜の夢も散る八重桜の夢も見ていない。現実にも資金の目処もつけた。本人のコンディションも試験に合わせてうまくのっているように見える。「よし、行けるぞ」と私の肩にも力が入った。ところが、そううまくはいかない。私が言い出しっぺで、私が一番聴きたいコンサートのチケット抽選に、周囲は当たったが、くじ運の強いはずの私だけが、外れた。「そんなこともあるのかな?」といぶかしい気持ちではあった。それが前ぶれだった。合格発表前日、それまで何ともなかったペンダントの鎖が外れた。外れただけなので落としては縁起が悪いと、あわてて鎖を修復した。発表当日、鎖を繋いで敢えてそのペンダントをかけて職場に行った。「外れたので接(つ)いできた」と言うと、「えっ、ツギですか?」と返された。そう来たか。「今回ではなく、次ぎか?」と危惧していると、案の定‘不合格’の結果となった。
 こんなしょうもない出来事に一喜一憂して、信仰者として情けない話しだが、めちゃくちゃ弱い自分がいるのもだと思わぬ発見をしてしまった。来年こそは、今までのように桜が落ちたり偽物だったりではなく、そして夢でもなく、私自身が接(つ)ぐ事で次ぎに繋がるような結果をもたらしたいと、彼の4度目の挑戦を後押しする覚悟を決めた。まったく親バカに近いのだが、目的に燃える青年の熱に対して、もう一度一緒に賭けてみるのもいいではないかと、接いだペンダントを見ながら一人泣き笑いしている。
 しかし「3度目の正直」さえも軽くかわした手強い相手、はたして4度目の春はやって来るのか・・・いや、春は必ずやってくる! 厳しい寒さの冬であればあるほど、しっかり根を張った草木が芽吹くではないか。
息子よ、あなたの悔しさに歪む顔、直向きな情、それを知りながら応援しないでどうするか。母というのは、いつも春待つ女なのだ。
 
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