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叫びなさい【2012.02】
特別養護老人ホーム 片方 裕子

 銀河の里で働くようになって1年が過ぎた。前職は、保険会社の営業だった。毎朝、1時間以上の長い朝礼で始まり、売り上げのグラフを目の前にして気合を入れられる。  勢いで仕事をして、がんばって売り上げを伸ばし、いいところまで登り詰めたのだが、ある日、ふっと立ち止まってしまった。倦怠感…疲れてしまったのかそこからは気力がなくなり、どんどん脱落して行くばかり。今思えば、休日も頭の中は仕事のノルマや売り上げの数字でいっぱいで、気持ちが休まることがない日々だったような気がする。  銀河の里ではオリオンに配属になったが、当初、実習でユニット「こと」に入ったことがある。そのときスギさん(仮名)に会って驚いた。私の姉のお姑さんにそっくりなのだ。本人ではないかと思うくらい一目見て「えっ似ている・・・」と驚いた。「本人なわけはないよな」とスギさんの前へ引き込まれるように行った。すると、スギさんが「えいこさん?」と私に言ったので驚いて腰が抜けるかと思った。姉の名前はえいこなのだ。
 スギさんは、男性スタッフを旦那さんの名前で呼んだり「あなたを愛し・・ます」「結婚して下さい」等と真剣に語る人で、見ていてとても情熱的な方だと感じる。普段は、車いすでの移動なのだが、自分から気持ちが動くと決まって、お尻歩きで居室から出て来る。おしり歩きは独特で、スギさんの気持ちがこもっている。情念が蠢いていると感じる時もある。さわりがたい時もあるので、その時々の様子を見ながら、車いすに乗ってもらったり、ソファーに座ってもらったり、スギさんの思いをはかりながら、繊細な対応が必要とされる。
辛いことがあって、モヤモヤしていたある夜、一旦休んだはずのスギさんが、例のごとくお尻歩きで居室から出て来た。声をかけると、このときは車いすに「乗ります」と言ってくれたので、車いすに乗り変えてリビングへ来てもらった。
 シーンと静まり返った夜のリビングで、二人でお茶を飲み、ゆったりとした時間が流れるなか、私は抱えたモヤモヤを思わずスギさんに打ち明けた。聞いてもらえるとも、答えがほしいとも、返ってくるとも思ってはいなかった。でも、スギさんと二人の時間が自然に気持ちを伝えさせた のだろう。
 ところが、私が打ち明ける悩みを聞きいているうちに、スギさんはいつもとは違う感じになっていった。私の目を見ながら笑みを浮かべて「うんうん」とうなずいて聞いてくれるのだった。「えー聞いてくれている」と驚きながらも私は引きつけられるように話しを続けた。そのうちスギさんは目を閉じた。眠くなったのかと私が思っていると、突然、目を開いて私に向かって言った。「その時は叫びなさい」。またまた私は驚く「叫ぶ?」一瞬、意味がわからなかった。「なんのこと」と当惑気味で受け止める。あとでいろいろ考える「心に溜め込まずに声に出せ」ということなのかそれとも本当に「叫べ」なのか。わけは解らないままだが、でもどこかすごくぴったりの回答をもらったような気がした。
 しばらくしてスギさんはリビングでウトウトし始めたので居室に戻り、横になってもらって布団を掛けて居室をでた。リビングに戻ったところで、スギさんの居室から叫ぶ声が聞こえて来た。「おぉー」と叫んでいる。慌てて居室を覗くと、仰向けに寝たままの状態で、スギさんは何度も「おぉー」と叫んでいた。どういうメッセージなのか・・・私は静かにドアを閉めて、そのまま立ち去った。こうやって叫ぶのよと言わんばかりのお手本を示してくれたのだろうか。頭をいろんな思いがよぎって不思議な感覚に陥った。でも、それまでの、モヤモヤと張り詰めた私の心が和らぎ、なんだか笑いが込み上げてきて急に楽になった。私は救われた気持ちになった。その日以来、私とスギさんとの距離が近くなったことは明らかだ。
 スギさんは不思議な存在だ。全く別世界に居るような感じだが、現実のこともしっかり訴えてくる時がある。霊的にはかなり感覚のある人だとは誰もが感じる。死者が乗り移り、帰ってきて、語ってくれたり、まさにシャーマンのような見えないものが見える人だ。
 私のこころの悩みをスギさんは真剣に受け止めその解決方法も考えてくれたのだろう。「叫ぶのよ、思いっきり、大きな声で」と、何かと内気で控えめな私のありようを見抜いて、「自分はここにいる」と自分の存在を明らかにするように叫びなさいと言ってくれたのかもしれない。今はまだどう叫べばいいのか解らないが、いつか私らしく叫んでみたいと思う。
 
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