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一歩を踏み出す2012年【2012.01】

理事長 宮澤 健
 

 暮れの28日、銀河セミナーを開催した。2001年に作られたドキュメンタリー「ロシア小さき人々の記録」をスタッフと観た。この作品はソビエト崩壊後10年目に製作されたもので、ロシアのドキュメンタリー作家スベトラーナ・アレクシェイビッチの作品をもとに作られたものだ。彼女はソビエト時代から、国家に翻弄されながら、国策の影にその運命を生きた個人への聞き取りという手法で、作品を編み上げてきた。映画はナチスとの戦いにかり出された女性兵士達の戦場で、凄惨な証言をもとに作られた「戦場は女の顔をしていない」の演劇の上演の場面から始まる。彼女は「人々は今、国家の歴史ではなく、自分自身の歴史を語ろうとしている」と言う。
 ソビエト崩壊から20年の昨年、その歴史をふり返る意味で、NHKがシリーズで放映したもののひとつだが、まだロシアの経済的混乱が続く、連邦崩壊後10年目の状況のなかで、人々が国家の影でどのような運命を生きたのか、人々はどう生きようとしているのかを問うた作品だ。
 彼女が取り上げたテーマはどれも深刻で重い。「最後の生き証人」は目の前で親を殺された戦争孤児のこころの傷に向き合い、「アフガン帰還兵の証言」は帰還した少年兵達の狂気にせまり、自殺や殺人を犯した少年兵の母の運命をたどる「チェルノブイリの祈り」では被爆や汚染の、見えない敵と終わりのない戦いを続けながらロシアの大地に生きようとする人々の聞き取りで構成されている。
 彼女は「私は人々の運命について書いてきた」と言い、「その声は記録されない限り永遠に闇の中に消えていく。これらの人々の代わりに語りたい」と自らの仕事の使命を述べている。彼女自身ベラルーシの出身で、チェルノブイリ原発事故で生家は所を追われて避難し、医師だった妹をガンで失っている。「この物語は過去のことではない未来の話しなのだ」という10年前の言葉は、3.11の震災後の今、我々日本人に真に未来の話として突き刺さってくる。我々は今こそ未来に向かってどう生きるのかを、国家の戦略を超えて、人々のたどった運命の中から模索し発見していかなければならない。
 チェルノブイリ原発事故で消防士だった夫と娘を被爆で亡くし、自身も被爆した女性を母に持つ12歳の少年は、肝臓と心臓に欠陥を持ちながら生き抜こうとしている。アレクシェイビッチは少年に聞く「怖くないの?」、少年は答える「怖い。でもわかっている。逃げるところはない。勇気を持つしかないんだ。」12歳の子どもの言葉ではない。気高い精神がそこにある。 我々にとって勇気とはなにか。アレクシェイビッチは言う「忘れること、それは欺瞞のひとつだ。忘れようとすることは、忘却という犯罪に荷担することになる。」
 人々のたどった運命や言葉、それらを我々は闇に葬ってはならない。そのために聞き、語り、書く必要がある。怖くて忘れたくても、抱え続けていくしかない。戦争も原爆も我々日本人は忘れてしまって、それを思い出し抱える勇気を持っていなかったと言うことなのかも知れない。忘れてはならない記憶を我々は背負っている。
 これまでの体制は、崩壊したと見るべきだろう。「資本主義、民主主義が崩壊したのが3.11の震災だった」とマイケル・ダワーは語っている。次の時代は人間が何ものにも支配されない世界をつくり出す必要があるだろう。
 このドキュメンタリーの解説をした、ロシア文学者の亀山郁夫氏は、国家や人間の欲望など圧倒的ななにものかに翻弄された小さな人々をどう救済するのかというテーマに向かうとき、「どうしようもない」という諦めでニヒリズムに陥りそうになる。ドフトエフスキーも、アレクシェイビッチも、現実を見さだめる中で、ニヒリズムに陥りそうになるギリギリのところで耐えながら、革命か神かという2者選択の救済から離れて、「生命への信頼」に希望を託したのではないかと語っている。
 アレクシェイビッチの作品はどれも、ほとんど女性の言葉とまなざしによって綴られている。生みだし、育む存在としての母性性や女性性、生命そのものの息吹がこれからの時代は意識され、尊重されることが大切になってくるように思う。それらもエネルギーとしては常に善に働くとは限らないが、我々の方向性がそこにあることは間違いない。「どんな時代でも、すべては人間次第だった。本当に大事なことは、一人ひとりのこころの中で起こってきたのです」と彼女は信念として語る。まさに銀河の里の取り組みもその一点、「一人ひとりのこころのなかで起こること」を追い続けてきたように思う。
 年末に、島根大学の岩宮先生からメールをいただいた。「経済とか効率という化け物に人間がコントロールされてしまっている状態から、どうしたら少しずつでも変わっていけるのか・・・。」と嘆かれながら、「銀河の里の取り組みにその大事な一歩があると信じる」と励ましていただいた。「日本人の霊性が深くなっていく方向へと向かう年でありますように・・・。」と結ばれた言葉に勇気をもらいながら、困難な時代の真っ只中で次の一歩を踏み出して行きたいと思う。災害や危機に見舞われる度に、日本人はその霊性を深め、柔らかく生きる道を探ってきたのではないかと思う。あの世とこの世の行き来や、死者との絆を持ち得た日本人の感性に立ち返りながら、新たな地平の探求を続けていきたい。
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