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カナさんパワーとコーヒーブレイク【2012.01】

特別養護老人ホーム 三浦 元司
 

 月に数回、ショートステイを利用されるカナさん(仮名)は、もと小学校の先生で、丁寧な言葉使いで、誰にも敬語で話をされる。小柄なおばあさんなのだが、ものすごいパワーで圧倒される。その中核は質問攻めだ。何度も同じ質問が一日中繰り返される。こちらはヘロヘロになるのだが、カナさんは全く疲れた様子もなくさらに質問してくる。「どのような理由でここに連れてこられたのですか?」「私1人で来る訳がないし、歩いてきた覚えも爪のかけらほども頭には残っておりません。誰に連れてこられたのですか?」「家族と話がしたいです。電話を繋いでください。」と一日中質問してくる。それに対して、スタッフも現実的に説明したり少し話をずらしたりしてみるが、その場では納得したようでもまたすぐ、リセットされ同じ質問がとんでくる。どうやってもおさまらず「事務所へ行って聞いてきます。」と、小さな体で車椅子を凄いスピードで飛ばして事務所に向かう。その迫力は誰もが驚くが、実際出くわして見てみなければその圧倒感はわからないだろう。


 12月も4泊5日でショートステイを利用された。初日は、ニコニコで他の利用者さんとも話が弾みゆったりと過ごしていたカナさんだった。しかし、2日目からは例のごとく理由や説明を求める質問で一日中過ごした。3日目も、お昼過ぎから夕方まで質問が続き、日が暮れるにつれて、さらにヒートアップしていった。「帰れないのはとっくに分かっている。でも、今はその気持ちをとうに超えてます!今日のことは今日のうちにやるのです!明日ではないのです!家に電話を繋いでください!!」と大きな声で言うカナさん。もうカナさん自身もしんどいだろうなと感じ、自分もいっぱいいっぱいになり逃げ出したくなる。そんな気持ちは同じように1日中それを見ていた利用者さんたちにもあったようで「オラもうだめだ!オメの話ばり聞いていたけども疲れた。風呂さ入って来る!」とカナさんと一緒にいた桃子さん(仮名)が席を立つ。桃子さんはカナさんの事をいつも気にかけてくれていたが、カナさんの気持ちに感情移入しすぎて辛くなってしまったようだ。「いい加減にしなさいよ!なに言ったってしょうがないことだってあるのよ!」と、江戸っ子の邦恵さん(仮名)が言い放つ。「オメばりでねぇ。オラだってホントは電話したいんだ。孫さ電話してけろ!」と、いつも無口の紀子さん(仮名)も、お孫さんに電話をかける。「ちょっと!オレのこと部屋さ連れてって寝かせてけろ!」と、リビングでぐっすりだったサチさん(仮名)が言う。サチさんは、独特の世界にいつもいる人で、ここまでハッキリと現実的なことを言うのはめずらしい。常時リビングから出て、車いす散歩をしている康子さん(仮名)は、夕食に帰ってきたもののリビングから賑やかなバトルに入って来れず、散歩コースを何周もしていた。経管栄養で寝たきりのコズエさん(仮名)は、いつもは言葉をハッキリと言えないのだが、この日はハッキリと「オラも帰りたい〜!」と声を出す。カナさんに刺激されてみんな動いた。その後、カナさんは1度居室に戻り、5分後に再びリビングに出てきて「なぜここに連れてこられたんでしょうか。」と再開した。あげくに「タクシーで帰りますので。」と玄関へ向かう。「外は大雪だよ。凍えてしまうんだよ。明るくなってからの方がいいんじゃない?」と止めると、「あなたはひどい人です。あなたの仕事の都合には合わせられません。」とピシャリ!私はむきになって「今のはカナさんの事を思って言ったんだ。仕事だからとかじゃない!」と強めに抗議する。すると、少し考えてから「じゃあ私に出て行けと言ってください。そして外に放り投げてください。」と返してきた。「そんなことしたらカナさんはどうなるの?」と問い返すと、「私は凍え死にます。ただし、あなたにも罪はあると思います。だから裁判になるでしょうね。」と言い残し玄関へ向かう。もうどうしていいのかわからなくなりながら玄関までついていった。カナさんは玄関の自動ドアを開けた。「カナさん出て行くんだね?俺はここまで着いて来たけど、ココから先は犯罪者になってしまうので何もしません。俺にはまだまだやりたいこともあるし、夢もあります。だからここで犯罪者になったらば困ります。」と突き放す感じで言った。このとき自分でもひどいなぁと思いながら限界だった。数秒の沈黙のあと。カナさんはケロッとした顔で「何のことですか?ところで、ここを開けていると寒いです。閉めてなにか暖かい飲み物でも飲みたいですね♪」と笑顔で言うではないか。一気に力が抜けた。「…じゃあ甘くて暖かいコーヒーでも飲みますか。」と言うと「わぁ!嬉しいです♪」とUターンをして、またものすごいスピードでユニットに帰って行った。
 この後も、また「誰にここに連れてこられたんだっけ」と何回か問いただしてはいたが、「今日はもう暗いので泊まっていきます。」と自分でちゃんと落ち着くカナさんだった。
 カナさんが毎回、「誰に連れてこられたのか」と問いただすのはなぜなのか、何が引っかかっているのか、私も現実を突きつけるだけでなく、一緒に考えてみようと思う。
 そして、今回感じたのは、他の利用者さんたちのまなざしだ。こんなにいろいろと起こるのは、知らん顔や他人事ではなく、自分のことのように気持ちを入れて見守っている利用者さんたちのまなざしの鋭さだ。カナさんのみんなを引きつける力と、それを受け止めての利用者さんたちのこころの動きがユニットのダイナミズムとして動くのを感じた。みんな介護度の高い人で体は動けないのに、パワーは凄い。里では「介護度ではなく妖怪度が大事」と言われるのがわかるような気がした。
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