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背中で悟る、ナースコールで語る【2011.12】

特別養護老人ホーム 佐々木 詩穂美
 

 10月号のあまのがわ通信で「こと」の酒井さんの記事になった、ナースコールの鬼の守さん(仮名)が、今度はショートステイでユニット「すばる」に入所された。「またお世話になりまーす」と元気のいい挨拶とは裏腹にクールな表情。久々の今回の利用では守さんとどう出会えるのかワクワクする。
 初日ということもあり、久しぶりだね〜から始まる会話に花が咲く。クールな表情を崩さずに言う冗談や照れ隠しの意地悪な言葉が好きで、ナースコールで呼ばれると、次はどんなこと話そうかなと楽しくなり部屋を何度も訪ねた。こちらに気持ちの余裕があるときは、クールな表情の中にも気持ちが開けてくる守さんがよく伝わってくる。
 でもそんな時間ばかりを過ごしていられないのが現実‥‥もちろん忙しいことを話せば分ってくれる守さんではあるけど、「今忙しいから」と言う言葉に自分の冷たさや、弱みをみせるような気がしてそれを言いたくない。そして守さんはその私の弱みを知りながら、自分とどこまで付き合ってくれるのか?と駆け引きで試すようなところがある。守さんは寂しさや不安をバックに、おまえはどこまで付き合ってくれるのかと勝負をかけてくるように感じて緊張する。
 忙しいときに限って、「今か‥」というタイミングでナースコールが鳴る。「はーい」と笑顔で返事をしてみるが本当は余裕がない。慌ただしい雰囲気を出さないように気持ちを落ち着かせ、部屋に向かい、手早く用を済ませて立ち去ろうとした瞬間、「ちょっと、お姉ちゃん!」と呼び止められる。これが守さんのすごいところ!!私の背中を見て見抜いてくる。守さんとは繋がっていないと語れないところがある。「トイレに行きたい」「背中がかゆい」に対して「はい、やったよ」だけじゃ許さない。寂しい感情が残って舞い上がる。そこにどう入っていくのか?その揺らぐ気持ちも守さんはみのがさない。
 「今はゆっくり話せない…」その気持ちの慌ただしさを隠して、ゆっくりと歩きながら、悟られないように‥「また何かあったら呼んでね〜」と明るい声を残して立ち去ろうとする私。悟られなかっただろうかと、気になり振り返ると、守さんと目が合う!その瞬間、すべてを読まれているのが解る。やっぱり悟られていた‥。部屋を出ると同時にナースコールが鳴る。「やっぱりそうだよね」と自分でも思う。 私は立ち去る後ろ姿を悟られるのが怖くなった。部屋を出る最後の瞬間まで背中を見つめられている感じがなんとも言えない。どうやって守さんの部屋から出ていいか解らなくなった私は「また呼んでね〜」と不自然な言葉をかけながら、後ろ向きで後ずさりながらバックオーライで部屋を出た。これは怪しい…。守さんから見ればバレバレだろう。精一杯の笑顔で後ろ向きで立ち去り部屋を出て行く私は何をやってるのだろう。
 守さんはハーモニカが得意だ。スタッフの広周さんはピアノが弾ける。よく2人でセッションして聴かせてくれる。その繋がりもあって広周さんと守さんの関係は特別で、ナースコールが鳴り、部屋を訪ねる広周さんとの2人の時間は特別なものだろう。問題は広周さんがリビングの雰囲気をつくってくれていて、他の利用者さんと関係ができているとき‥今この雰囲気を崩したくないと思ったときのナースコールで広周さんが席を立つことだ。「今のこの利用者さんとの関係は広周さんでしかできないのに‥」というところで広周さんがいなくなってしまうと、リビングで繰り広げられていた事柄が切れてしまう感じがしてもったいなかった。組んでいるスタッフがどうフォローに回れるのかもチーム力が試される。守さんのナースコールでチームワークの質やスタッフの力量が露わにされる。今まで見えなかったところも守さんのナースコールが照らし出す。
 守さんと初対面だった齋藤さんの夜勤。齋藤さんは戸惑いながら5分おきに鳴るナースコールに答えていた。次の日、齋藤さんが夜勤に来ると、守さんは「国友きたか、国友だべ?」と聞いたことない名前で呼んでいた。斉藤さんが古い友人と似ているようで、本当に国友さんかのように親しく齋藤さんのことを呼んでいた。前日とは違う穏やかな守さんがいて、ナースコールの数も少なかった。齋藤さんは「昨日は試されていたような気がする」と話してくれた。私は守さんが齋藤さんを友人と重ねて親しく呼ぶ感じと、齋藤さんのその言葉にホッとした。初日の夜の付き合いがあって、今日の関係ができていた。
 頻回に鳴るナースコールに感情が引き出されることもある。怒りたい人は怒ってもいいだろう。でもそれは守さんが“あなたはどこまでオレと付き合ってくれるんだ?”と、ナースコールの数で突きつけていることも理解していたい。ナースコールが頻回で大変な人にして終わっては、守さんの気持ちが置き去りにされるようで切ない。守さんは静かな夜にいろいろなことが巡るのだろう‥人の手を借りないと動けない状況は不安で、時には恐怖でもあるかもしれない。そうした守さんの気持ちに寄り添いながら試されるのも悪くないと思う。  
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