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カナさんをつなぎ止めた桃子さん【2011.11】

特別養護老人ホーム 平野 咲野香
 

 ショート利用で毎月特養に泊まりに来るカナさん(仮名)。車いすで自走するのだが小柄で腰が曲がっているので、一瞬車いすがひとりで動いているように見えたりする。しかも車椅子さばきが見事で素早く動き、目的の場所でピタリと止まる。部屋のドアが開いて出てきたな、と思うがその時すでにユニットからでてしまっていたりする。
  そんなカナさんは若い頃、教師として赴任した山村の街の雪の日の思い出の光景をよく語ってくれる。「私が初めて勤めたところの駅に降りだったとき、そこは屋根まで雪が積もっておりました…びっくりしましたね…そのような雪の中を、私の父は布団背負ったり、なべかましょったりして、六里もの道を何度も行き来して…そうして私の初仕事を応援してくれました…親というものはありがたいものですね〜」
 まるで昔話を語るような口調、同じ光景を同じことばで何回も話してくれる。繰り返されるその話しは、いつも同じ光景が語られるのだが、物語風だからか、何回聞いても、毎回ワクワクとさせながら聞かせてくれる不思議な語りだ。
  こちらも引き込まれて聞いているとご飯も忘れてお互い没頭し、「あれっ!まだご飯食べてなかったでしたっけ?」と本人も驚くほど時間が過ぎてしまう。
 一方で利用当初は、どうしても家に帰りたい気持ちが強く「どうして私は連れてこられたのでしょう?誰が連れて来たんですか?いつ帰れますか?」と訴えを繰り返し、いよいよ帰られないとなると「具合が悪いので、家の人を呼んでもらえませんか?」などと体調不良を訴えたりする。一旦、就寝しても落ち着かないのかすぐに起きてきて、「どうして私はここにいるのですか?どうしたら帰れますか?」と何度も聞いてくる。
 繰り返す質問を、ユニットのスタッフに投げかけてももの足りなくなったのか、例の見事な車いすさばきで事務所に行き、事務所の職員にその質問を繰り返し浴びせた。 そんな日々が続いていたが、そのカナさんの前に立ちはだかったのが桃子さん(仮名)である。桃子さんは、本当は基本、やさしい人なのだが、自分中心にものを考えるので、人の意見や考えはなかなか受け入れず、気持ちも通じにくい感じがあって、一癖も二癖もある人だ。なかなかの嫌われ者だが、意外とファンも多いという不思議な人だ。その意固地さが和らぐのは、桃子さんの中で相手に尊敬が感じられる場合で、そういうときは多少理不尽な状況でもすんなりと素直に受け入れる。そういう相手はめったに現れないのだが、そうとなってしまえばその人の味方で、その人 が悪口を言われたりするとかばって守る、人情にとても厚い人だ。
  桃子さんは、最初は何度も同じ話しを繰り返すカナさんを「なんたらあのばっちゃんおんなじこと繰り返して!いっこどゆうごと聞かないで!!」となじり、時には車イスの前に立ちふさがって通せんぼしていた。それでも思いが真っ直ぐで、揺らぎのない芯の通ったカナさんに桃子さんも触れるところがあったのではなかろうか、尊敬を感じる人になった。 カナさんも桃子さんに世話を焼かれているうちに桃子さんを頼りにするようになっていった。
  カナさんは朝寝坊だ。スタッフはカナさんのペースで生活してほしいので、寝ていてもらいたいのだが、朝食の時間がずれたり、部屋で一人で食べることになる。それをみて世話好きの桃子さんは「みんなと一緒に食べさせるんだ。」とスタッフを叱り、お節介に自分で起こしに行ったりする。カナさんが食べたことを忘れて「私朝ごはん食べたっけ?」と言うと「ちゃんと食べさせるんだ!!」とスタッフを叱る桃子さんだ。
 そのうち、カナさんは桃子さんと時間を過ごすようになった。一緒に雑巾を縫ったり、ときには新聞を読んで、カナさんが桃子さんに解説しているときもあった。  
 そして、気がつくと、カナさんが「家に帰して下さい」と事務所に通うこともなくなっていた。部屋でくつろいで寝ていることが増え、リビングで桃子さんと楽しく話したり、一緒に散歩をしたり、折り紙やトランプなど過ごし方も多彩になっていった。
 ショートで帰る日の朝、「今日は家に帰れますよ」と伝えると、手を合わせて「どうもありがとうございます」と言うカナさんなのだが、時間になり「帰りますよ」と迎えに行くと、「えぇ!帰るんですか!?」とビックリしている。こちらの方が驚いてしまって、「じゃあもっと泊まってって」と誘うと、「でも…帰ったほうがいいんですよね」と本当に迷った様子なのだ。カナさんは「ここでは気兼ねなく寝てられるもんね、家ではそうはいかない」とも言っていて、当初あれほど家に帰りたがっていたカナさんが、すっかりなじんでくれたことを嬉しく思った。スタッフとしては特別なことはしてないのだが、カナさんに関心と敬意をもって、接してくれる桃子さんの存在は大きかったと思う。
  これまで、どちらかと言えば嫌われ者のイメージが強かった桃子さんだが、特養で今回はカナさんを支える存在になった。桃子さんおめでとうと言いたいが、そういうと「なにたくらんでる」と言われるだろう。ともかく、カナさんの次のショートもよろしくお願いします桃子さん。
 
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