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異界バス出発進行【2011.10】

デイサービス 米澤 里美
 

 この3月から、前職の主任のあとを受ける形で、育児休暇明けのぶっつけ本番並にデイサービスを引き受けた。その頃、震災も相まってデイサービスの利用率は低迷し、運営も危機に瀕していた。それでも長年利用してくださっている利用者さんに支えられつつ、副施設長の戸來さんも居宅支援事業所へ空き状況のPRしてくれたおかげで、ある時期からビックウェーブのように、新規ケースの相談が相次ぐようになった。
 そうした相談のほとんどは他事業所で利用を断られたり、本人の利用拒否などで「個別対応」が必要とされるケースだった。「常時徘徊」「コミュニケーション不能」「通所拒否」「入浴拒否」「暴言・暴力」などケアマネからの照会票には問題行動とされる過激な記述が並んでいる。その度にドキドキしながら会いに行くのだが、たいていは照会票から想像していた印象とは違って、個性豊かで魅力的な方がほとんどだった。
 金曜日は、特に強い個性の方々が集まり、あまりにもそれぞれが華やかに個性全開なので「華の金曜日」と私は呼んでいるのだが、そんな先週の華金の様子を伝えたい。
 エツさん(仮名)は、散歩が好きだ。デイサービスに到着してすぐ「行こーよー!」と玄関へ向かう。耳が聞こえないので、ジェスチャーでやりとりをするが、行くと決めたら行かなきゃならないのがエツさんだ。ホールの状況を押さえて、スタッフも一緒に外に出かける。エツさんは自然が大好きで、風が吹くと腕をいっぱいに広げて「きもちいい〜!」と風を受け、道ばたの花を見つけると摘んで歩く。手を筒にして花を生けるように彩りを考えながら花を摘む。この日も私はホールでエツさんとスタッフの帰りを待っていたのだが、なかなか戻らない。1時間以上したところで同行した鮎美さんからお迎えコールが入る。私が車で迎えに行くが、乗ってくれそうもない、「これもい〜ね〜。」と迎えの私を無視して花を摘み続けている。「お昼食べたら、また行こ!」となんとか車に乗ってもらうと、車の中は、花の香りが広がり不思議な空間に変わった。なんだかエツさんってジブリ作品に出てきそうな、緑の匂いがする人だな、と感じた。
 その日の昼食後、義男さん(仮名)がソワソワしはじめる。「家に帰らねばね。」とかばんを探している。なんとか引き留めようと話かけていると、その横をスーッと通り抜ける人が・・・「じゃ!私かえりま〜す!」と笑顔でフジ子さんが玄関に向かう。靴を捜して戸惑っていたので、送迎に出ているスタッフの関くんにドライブを頼もうと連絡をしていると、フジ子さんは「靴ないなぁ。えぃ!裸足でいってしまえ〜!」と裸足で歩き出した。私は上履きのまま、サンダルを持って追いかける。「フジ子さん!はだしだよ。これ履いて!」という私に、止められると感じたのか「えい!何する!この野郎!ばかやろう!」と目をまん丸にして鬼の形相に豹変してしまった。「あんたはついてこなくていいから!」と裸足でガンガン歩いていく。「♪ふんふんふ〜ん〜ふふ♪」と故郷を鼻歌で歌いながら歩いているが、表情は硬い。ちょうどワークの佐々木さんがバイクで通りかかったので、「フジ子さん!バイクに乗せてもらお!」と言う私に「えい!うるさい!」とフジ子さん。次は特養の中屋さんが裸足でただならぬ雰囲気で歩くフジ子さんと私を見つけ「乗ってきませんか〜?」と車を出して来てくれたが「いいです!あんた乗ってきなさい!」と私だけを車に乗せようとして、自分は絶対乗らない感じだ。
 車を従えてしばらく歩いていると、デイから関君が迎えにきてくれて、フジ子さんの回りに2台の車が並ぶ。「フジ子さん、乗ってって〜!」との声がけに「そんなものには乗りません!!」ときっぱり。中屋さんと関くんが何回か行ったり来たりして、誘ってくれたが乗る気なしで歩き続けるフジ子さん。関くんが持ってきた靴を渡すと「あら、これはあたしの靴だ・・」と履くが車には乗ってくれない。
 道路の真ん中を歩くフジ子さんに「危ないよ!」というと「うるさい!あんたついて来なくても私は行けるんだから!」「あんたが行くところじゃないんだよ!こっちの道行けば、近道で帰れるからこっち行きなさい!」と私を帰るように指し示す道は確かに銀河の里へ戻る道で正しい。
 もう間隔をあけてフジ子さんについて行くしかない。そのうち今度はデイから鮎美さんがやってきて「フジ子さん、一緒に行こう。」と声かけてくれる。なじみの顔に表情は和らいだものの、やはり車にはかたくなに乗ってくれない。
 「大丈夫だから。私1人で行けるから。あんたたちの行くところじゃないの。」と繰り返すフジ子さんは今どこを歩いているんだろう。なんだかあの世への旅をしているような、現実じゃないような錯覚に陥いる。フジ子さんは、故郷の歌を口ずさみながら歩き続け、途中、神社の鳥居や、道ばたの石碑や堤に向かって丁寧に頭を下げ、手を合わせて祈る。
 半ば途方に暮れながら、一方で腹を決めて、フジ子さんの様子を少し離れながら歩いていると、再度、関君が8人乗りのリフト車でやってきた。車にはチカさん(仮名)、昭二さん(仮名)、エツさんが乗っている。みんな帰りたい組、異界組のメンバーだ。関君も異界のモード気味で「やっほ〜。フジ子さん!」と声をかける。すると「あら!珍しい人に会っちゃった!」となんとフジ子さんは小走りでリフト車に乗ってしまった!
 なんだか、リフト車が猫バス(となりのトトロ)みたいな、又は神様だけが乗ることができる舟(千と千尋の神隠し)みたいな、そんな尊い存在に見えた。それぞれが、それぞれの行き先に行かなきゃならない気持ちで乗っている異界バス。チカさんはマルカン行き、エツさんは「やま〜!」「川ジョボジョボ〜!」と自然を満喫して、昭二さんは仕事に行かなければならないらしい。


 フジ子さんが歩いている間、デイホールは大変だったようだ。チカさん、エツさん、昭二さんがそれぞれ行かなければならなくて、連なって玄関に向かったところでみんな車に乗ってやってきた。この3人が乗っていなければ、フジ子さんは車に乗らなかっただろうなと思う。
 その後、異界バスはしばらくドライブをして、ちょうど正勝さん(仮名)の誕生会の準備が整ったディホールに戻った。みんなでハッピバースディを歌って、誕生会を 楽しんだ。勝さんは食にこだわりがあり、おやつは絶対食べない人だが、小松さんが作ったジャガイモ団子ケーキ!を「おいしいな。」と言って食べてくれた。その日の帰り際、94歳のクメさん(仮名)が言った。「あんた、年寄りを親切にすんだよ。年寄りは神様に近くなってるからねぇ、親切にした分、あんたの徳になんだよ。本当だよ。」私は手を合わせる気持ちでその言葉を聞いた。
 先日、「認知症介護実践者研修」で「親切・思いやり・やさしさ・笑顔」が大切などという軽薄な内容の一方で、認知症の周辺症状を「問題行動」として仰々しくあげつらね、認知症の存在を「モンダイアツカイ」にしている研修で鬱々とした気持ちになって帰ってきたばかりだ。認知症を「モンダイ」にしかできない世の中で、どうやって笑顔や親切が生まれるんだろう?と思っていた時に、クメさんの言葉はしっくりきた。
 理事長にその話をしたら、「里はそっち寄りなんだな。」と笑って聞いてくれた。「神様」に近い現場で働けるって、尊いことだな、と思う。デイサービスはなんだか凄い舞台だなと日々、実感させられている。
 
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