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夜の出会い【2011.10】

特別養護老人ホーム 酒井 隆太郎
 

 俺は銀河の里に就職して一年半が過ぎ、仕事もだいぶこなせるようになった。何より、多くの利用者との出会いと人生を経験させてもらえるので充実した日々を過ごしている。その出会いと人生は、ほとんどが日中に起こる。太陽が出ていると、みんな起きて行動し、声を張りあげたり、活発的になり、お互いの人間関係や人生が露わになる。
 だが介護の現場の仕事は日中だけではない。太陽が沈み夜になるとみんな寝てしまい昼の喧噪が嘘のように静まりかえる。たまに、起きている人もいるが周囲を気遣い、声も小さく活動的ではない。今まで、夜勤のシフトで入ると、夜勤は日勤よりは、つまらないと俺は感じていた。
 そんな俺の前にショートステイを定期利用している守さん(仮名)が現れた。守さんは噂ではナースコールの鬼と呼ばれていた。初めてユニットに守さんが泊まった日、俺は半ば覚悟してその日の夜勤に臨んだ。10時に出勤したとたんすでにナースコールは鳴っていた。「よしやっぱりきたな」とばかり部屋に行くと守さんはトイレに行きたいと言った。了解しましたと介助したのが始まりだった。介助を終えて部屋から出たとたんにコールが鳴る。「よしやっぱりきたな」とすぐさま部屋に入ると、またトイレということだった。俺は「了解しました」と介助する。そして部屋を出るとまもなくナースコールが鳴りやはりトイレであった。
 最初はまだ、10時を過ぎた時間だから、なかなか寝つけないのだろうと思ってたかをくくっていたが甘かった。その後もコールは鳴り続け全てトイレだった。守さんもほとんど話すこともなく、俺も特に話さず、黙々と守さんのトイレ介助だけの夜に支配されていった。もう俺は腹をくくりコールの嵐に付き合うことにした。守さんもその俺の気持ちを察したのかさらにコールの嵐となった。ついには守さんの部屋を出る前にコールが鳴らされる勢いで、延々とトイレの介助が続いた。
 トイレのあと守さんをベッドに横にしてタオルケットをかけると、必ずナースコールを自分の手に持たせてくれと言う。守さんはナースコールとは言わず「リモコン」と言う。俺はコールの嵐にフラフラになりながら「リモコン」という言葉に引っかかった。俺はテレビか?ラジコンか?ロボット?ともうろうとしている俺の耳に、部屋を出るとすぐさまコールが突き刺さった。さすがに変な汗も出てきて打ちのめされそうだった。それでも意地のように、コールに応え守さんの部屋に入って無言でトイレの介助を繰り返した。深夜0時、もう一人の夜勤者が出勤してきたとき正直助かったと感じた。このまま一人でいたらおかしくなりそうだった。そこで少しばかりトイレ介助を交代してもらい気持ちと体を休ませ、再度コールの嵐に向かって行った。
 それからも部屋から出たとたんだったり、長くても5分の間隔でコールは鳴り続けた。そんなコールの嵐の中でも他のみんなはすやすやと休んでいる。たいしたもんだと思いながら過ごしていたところ、コールが気になったのか綾香さん(仮名)が起きてきた。眠い顔をしていた綾香さんだったが、そのとき俺は綾香さんが女神のように思えた。何故なら夜に支配された孤独な戦いに綾香さんが手を差し伸べてくれたように感じたのだ。日中にいかに周りの利用者さんに助けられているかということもこのとき強く感じさせられた。
 守さんのコールは遂に朝まで続き、俺は一晩延々と守さんのトイレの介助をやり続けた。リモコンで呆然とトイレ介助をするロボットとなった俺は完全に抜け殻となってノックアウトされた。長かった夜勤からあける間際、トイレ介助をしていると守さんが言った「あんたタフだな」俺も「守さんもな」と返した。こうしてコールの嵐の夜が終わった。俺は家に帰るとビールをあおって泥のように眠った。ヘロヘロだった。
 この一晩の夜勤はなんだったんだろう。わけのわからないまま、私は翌々日出勤し、昼の守さんと向きあった。今度は太陽が出ている日中に、俺なりに真っ向勝負でいろいろ話してみたかった。当然日中もコールは鳴っていた。ところが夜と違い守さんは結構話してくれるではないか。俺も心にゆとりがあって夜とは違った。話せば何かがわかってくるし、いろいろ感じることもでてくる。守さんに入っていけるようにも思えた。
 守さんは俺のギターをみつけ「誰が、弾くのや?」と俺に問いかけてきた、「俺だ」と言うと「弾いてけで。」という。弾き始めると、守さんは「俺はハーモニカやるんだよ。」と言った。そして、自然に2人で演奏になった。短い時間ではあったが俺たちにとっては良い時間となった。
 俺はテレビでもラジコンでもロボットでもねえぞ!!俺も人間だ!!と感じたあの夜勤はなんだったのだろう。しかし守さんと俺を繋ぐなにかがあの一晩に動いたようにも思う。「おまえタフだな」という守さんの言葉が去来する。ギターとハーモニカのささやかな演奏に守さんとの出会い、人生を感じて救われたような気持ちになる俺だった。
 
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