トップページ > あまのがわ通信 > 2011年10月号 眠りのむこうで

眠りのむこうで【2011.10】

特別養護老人ホーム 中屋 なつき
 

 フユさん(仮名)は、夜はもちろんだが日中も、丸一日ほとんど眠って過ごしている。ぐっすり寝てやっと起きた朝、朝食を終えるとそのままテーブルでウトウトするので、ソファなどに横になってもらうと、スヤスヤとお昼まで一眠り。昼食を食べるとまた夢の中へ…。なんとも気持ちよさそうに眠る。そうやって夕食の時間が来て、食べ終わった後は遅番のスタッフに付き合って、ちょっとだけ夜更かしたりすることもあるけれど、昼間こんだけ寝てたら昼夜逆転とかになるもんだけど…、フユさんは夜間もしっかりと眠りの世界へGOだ。


 なんでこんなに眠るんだろう? 昼間はもっと遊んでほしくて、なんとか起きててくれないものかと思ったこともあったのだが、いつの頃からか、少し考えが変わってきた。フユさんの寝起きの一言にスタッフみんなが興味を持ち始めると、どうやらこれは、ただ寝て起きてるだけじゃないぞ…と。これだけ頑張って(?!)眠りの世界に行ってるフユさんだから、きっといろんな夢を見ているに違いない…と感じ始めたのだ。
 朝の起床時、「おはよう」と声をかけると、寝ぼけ眼で「今な、ばあちゃんな、まんま支度してらった〜、すけてけろ〜」と言うので、(あぁ、孫さんか誰か、家族さんたちと一緒にいたんだなぁ)と感じる。「手込めてこさえたぞ〜、団子、持ってけ〜」と団子を丸めるジェスチャー付きで話すこともある。聞いているとなんとも嬉しくなってほこほこした気分になる。時には「おめ、知ってるか?きのこ、いっぺぇ採れるとこ…」と唐突に始まって、「だれかれさ言うなよ」とニヤリと笑う。一晩中どっかの山にでも行ってたんすか?!とこちらが驚くような物語の中にいることもある。
 こうなってくると、単に昼だから起きてるって過ごし方より、よっぽど自由に開放的にいろんな世界に行ってるらしいフユさんの「眠り」を、できるだけ保障したいと考えるようになった。そして、次はどんな目覚めの一言をくれるんだろうとワクワクしながら「おやすみなさい」と声をかける。どんな旅に出るんだろうと思い巡らせながら「いってらっしゃい」と言っちゃうこともあるくらいだ。


 そうやってフユさんの「眠り」に注目していると、まるで、眠ることによって時間も場所も自在に飛び越えられる「通路」があるように思えてくる。
 お昼寝から起きてもらったら「踊りっこ、踊ってきた〜♪よいっとな〜よいっとな♪って」とニコニコで、食卓についても「踊りっこ、好きで好きで、よっく踊りさ行ったったの〜」とイメージは続いている。その様子が鮮やかに想像されて、「きれいな浴衣、着たったんでしょ?」とか「一緒に踊りっこするお友達もたくさんいたんだね?」とか、こちらのイメージもどんどん膨らんでくる。たいていはそうした言葉かけに対して直接の答えは返ってこないのだけれど、ふわぁ…っと笑ってフユさんは、手をひらひらさせながら「よいっとなぁ、よいっとな♪」といかにも楽しそうにしている。
 そんな様子だと、フユさんの行ってきた世界に、こちらの想像力が少しついていけたかな、という手応えを感じるのだが、はずすことも結構多い。寝起きの度に違ったイメージが断片的に語られるだけだし、言葉数はかなり少ない。なにせ寝起きのウトウト状態なので、簡単にかき消えていってしまう繊細な物語だ。イメージをつかみ損なってズレた問いかけをすると、たちまち物語はとぎれてしまう。あるいは、単なる興味本意で質問しても、フユさんが行ってきた世界には遠く及ばず、物語も膨らまずに色彩を失ってしまう。そこに大切なストーリーがあったはずだということは分かっていても、引き出すことができずに終わり、あぁ、今の話、もったいなかったな…と、こちらの「通路」の力不足を痛感することの方が多い。


 スタッフひとりひとりの力は及ばずとも、チームとしての着目や関心がマッチしている場合には、見事にフユさんの物語が鮮やかに立ち上がってくることもある。
 起床時、早番者が最初に聞き取った。「あれよ〜、目にあって書いたったやつよ〜、おめ、どこさやった?」何のことかと妙に気になって夜勤者も一緒になって耳を傾けると「お手紙よ〜」と言ってくれるではないか。「誰に」と問えば「お父さんによ〜」と! その時は、それ以上、聞いても語らなかったフユさんだった。日勤が出勤してきて申し送る。「フユさんね、今朝はお手紙書いてるよ!」「お父さんって旦那さんかな?」職員のワクワクをよそに、そのころはすでに朝食後の一眠りに入っているフユさん。
 お昼に起きたときに、なんと「あれよぉ、届いたっか〜?」と手紙の物語が続いているではないか! 思わず「届いたってよ!返事、来るかな?」と返すと「んだなぁ」とフユさんもニッコリ。昼食後、遅番にも朝からの一連のストーリーを伝える。「なんて書いたんだろう?」午後のお昼寝中のフユさんを横目に、ワクワクが3人に膨らむ。午後のおやつに起きてもらって大注目のフユさんに「お父さんに、なんて書いたの、お手紙?」と尋ねると、「うふふ♪」とここでは返事はない。きっともうお返事も受け取ったのかもね…と想像する私たちに、言葉ではなくとびきりの笑顔で繋がってくれる。


 鮮やかにあちらの世界に行き来する「通路」を感じる、こんな「眠り」があるなんて知らなかった! 先日、風邪をこじらせて肺炎になってしまったフユさんだが、抗生剤の点滴をしてながらも入院せず自力で治した、という感じだった。いつもとは違ってパッチリ起きてモリモリと食べた後はドンッと眠ってパパッと3日で治してしまった。現実をしっかり生きる強さも持っている。そうして今はまた、フユさん独自の「眠り」を頑張ってやっている。その「語り」から癒しをもらいながら、こちらも「通路」を鍛え、どんな世界を切り開いていけるのか…、はずさずに繋がる力をつけていきたい!
 
〒025-0013 岩手県花巻市幸田4−116−1
TEL:0198-32-1788 FAX:0198-32-1757
HP:http://www.ginganosato.com/
E-mail: