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ことば【2011.09】

デイサービス 千枝 悠久

 介護雇用プログラムを利用して、銀河の里のデイサービスに所属しながら、介護福祉士資格取得のための専門学校に通って1年。夏休み前に、市内の特別養護老人ホームで再び約1ヶ月間の介護実習をした。初めての特別養護老人ホームでの実習だったことから、なにかをしよう、なにかしなければと必死になっていた。利用者さんの言葉にならない言葉を聴き取ろうとし、なんとか言葉にしようとし、そしてそれができなかった。言葉を使って伝えることも、伝えられることもできなかった。何が本当で、何を信じたらよいかがわからなくなり、「言葉」というものが信じられなくなり、「言葉」を発するのも嫌になってしまっていた。
 実習後、面談で理事長にそんな話しをすると、竹内敏晴の著作を紹介してくれた。演出家で「からだとことばのレッスン」というワークショップを主催していた竹内は、言葉について悩んでいた私が、まさに必要としていた「ことば」(「言葉」ではなく「ことば」)というものについて考えさせてくれた。
 私は、言葉を、それが意味を成すための音の並び方や文字の並び方にばかりこだわって捉えていたように思う。意味を成すからこそ言葉である、意味を成さなければ言葉ではない、そのように考えてしまっていた。竹内は著作のなかで、他者を一定の距離より自分に近づけないために言葉が使われているという考え方や、「花」という言葉は、それぞれの花が持っている特徴をほとんど表してはいないということなどを書いていて、興味深かった。
 夏休み前に読んだ『癒える力』では、ただ背中に手を当てるだけで癒されるという「手当て」の話があり「言葉」を越えたものの存在を感じさせる。
 そして夏休みに入って、里のデイサービス勤務になり、そこで利用者エツさん(仮名)と私は出会った。エツさんは里に来ると、いつも外へ散歩に行く。「チョット、行ってみよう。」手をつないで一緒にいろんなところに行く。エツさんは、腰の高さ以上もある柵を、足を上げて越えようとしたり、両手を使って飛び越えようとしたり、小石を見つければ蹴飛ばしてみたり、とにかくアクティブだ。一緒に歩くと必ず何かが起こって、楽しい。けれども、その散歩中に会話らしい会話は無い。エツ さんは耳が聞こえないし、筆談でもこちらの言葉は入らないようで、言葉のやりとりは成り立たない。ところが、同じところで笑ったり、悲しい顔をしたり、指を指してみたり、驚いたり、そういったことで、伝えたり、伝わったりは充分できるのだ。
 お昼の食事も私とエツさんの間には、言葉は無い。ご飯を食べながら、時々顔を見合わせて、笑いあう。そうして時間がゆっくりと流れていく。そのうちにエツさんは自分の魚をほぐして私のご飯の上にのっけてくれる。「こうして食べるといい」というようなことが私に伝わる。私は嬉しくなって笑うと、エツさんも笑ってくれて、一緒に笑いあう。 お風呂ではエツさん.はなかなか服を脱ぎたがらなかった。やっと服を脱いで浴室に行ってからも、なにか身につけるものを探しているようで、浴室内を歩き回っていた。「それがイイナ。」と、私のTシャツを指して言う。伝えられた言葉に応えたいという一心で、私はTシャツを脱いだ。すると、何かが伝わったようで、濡れたタオルを持って「これで擦ればいい?」と言って、私の背中を擦ってくれた。その後、自分の体を擦り、お風呂の中で楽しそうに泳ぐエツさんだった。学校の実習では、こんなやりとりはまず間違いなくできない。里だからこそできた自分の行動だったと思う。そしてそれは伝わって、繋がれたように感じる。
 そのうち、気がつくと私は、エツさんに「言葉」で話し掛けるようになっていた。聞こえてはいないはず、それでも、何かはきっと伝わっているはず、そう感じて、自然と話し掛けていた。言葉の有無は、全く関係無くなった。「アレ。」と指さすだけで「コレのことだ。」と確信できるくらいお互い伝わるようになってきた。「言葉」を信じられなくなっていた私が、言葉を越えた「ことば」を感じ信じられるようになっていったように思う。
 この夏休みのデイサービスでの経験は私にとって、信じられなくなっていたものを信じられるようになるための大切な時間だったように思う。言葉は確かに、人に何かを伝えたり、伝えられたりする際には必要なものかもしれない。けれども、言葉を越えたところに「ことば」があり、それこそが必要とされることがある。そのことを体験した夏休みだった。夏休みが明けるとまた実習がある。実習では、言葉にすることが難しいことも、言葉にすることが求められる。まだまだ言葉にすることは上手くできないけれども、それでも努力して言葉にしてみたいと思う。
 
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