トップページ > あまのがわ通信 > 2011年9月号 嵐の連携プレー

嵐の連携プレー【2011.09】

特別養護老人ホーム 菊池 龍一
 

 茂樹さん(仮名)は、車イスで一日過ごし、ご飯、トイレ以外はほとんど寝ていることが多い人だ。そのためか音や声がすると機嫌が悪い。いつもうなっている学さん(仮名)とはそういう意味で相性がメチャクチャ悪い。学さんのうなり声が大丈夫な時もあるのだが、気になると、「うるせぇ!!」「やかましい!!」と怒鳴り声をあげて怒り散らすことがよくある。
 ある日の午後、タイミング悪く、茂樹さんと学さんが向かい合わせの位置になった。まずいかなと思ったが、学さんはいつも通り大声でうなっている。茂樹さんはしばらく学さんをじっと睨んでいたが、そのうちやはり「うるせぇ!!」と怒鳴り始めた。
 予想どおりなのだが、さてどうしたものかと思っているところへ、良夫(仮名)さんが現れた。良夫さんは音楽と女の人が大好きで、このときも祭りの踊りの調子で、スコトン、スコトン、トントコトンと大きな声で歌いながら手拍子つきで、ノリノリで歩いてきた。その場にいたスタッフも「これはやばい・・・」と感じた。だが、茂樹さんの目線は学さんに向いたままで怒り続けていたので、良夫さんが何事もなくこのまま通り過ぎてくれれば・・と内心ドキドキしながら祈るような気持ちでいた。しかしそうは問屋が卸さなかった。
 良夫さんが茂樹さんの目の前を横切ろうとしたその時だった!「うるせぇ!!」と茂樹さんが怒鳴りつけたばかりか、良夫さんのお尻をパシッとはたいた。良夫さんも叩かれてスコトンなどやってられない「なんだこのぉ!」と茂樹さんのおでこに平手でパンッと食らわしてしまった。
 予感していた最悪の状況になってしまった。怒り狂っている所へ平手をヒットされて、茂樹さんの怒りはこれ以上ないところまで燃え上がる。「この野郎なぐりゃがったな」と歩けないのに車いすから立ち上がって走り出す勢いだ。
 とにかく二人を分けなきゃと思って、隣のユニットにいた成美さんに応援を頼んだ、成美さんは気を利かせて、さんさの太鼓を叩きながらスコトン、スコトンと良夫さんを太鼓で避難誘導して逃げていく。逃がすものかと茂樹さんは「そっちゃいぐな!もどってこ!ボコボコにしてやる!」と大声を張り上げて追いかけようとする。
 スタッフの三浦君は何とか取りなそうと「うちの父さんが悪い事しました。すみません!」と必死で謝るのだが「おめぇでねぇ!俺はさっきの男に用があるんだ!どけぇ!」と歩けない人が走り出してしまった。怒りが先に走ってしまっても、現実に体はついて行かず、上半身が浮き上がって足はついていかない。三浦君は近くにいたスタッフを呼び寄せ二人で茂樹さんの両脇を抱え3人で「この野郎まてー」とサポートしながら追跡開始。必死で隣のユニットすばるまで追いかけたのだが、さすがに茂樹さん本人も追跡介助の二人も息が切れてしまった。その頃、相手の良夫さんは、成美さんの太鼓とともに一番奥のユニット、オリオンまでスコトン、スコトンと逃げていた。
 怒りのぶつけどころを失った茂樹さんは、そのあたりの椅子や物に怒りを向け「ぶっ壊してやる!」と床に投げたり壁にぶつけたりして荒れ狂った。茂樹さんの怒りは止めるとさらに燃え上がるので、スタッフはそのまま遠巻きに見守っていた。茂樹さんは椅子を投げ倒すと、次はモップを持ち出し、あたりのものを手当たり次第にたたきつけた。それも見守っていると、やがて怒りがいくらかおさまったのか、疲れたのか動きが止まって静かになった。そして一呼吸置いたあと、モップを杖代わりにして、自分でひっくり返した椅子などを片付け始めたので、みんなで手伝った。
 その一部始終を見ていたスバルの利用者ユキさん(仮名)。落ち着いた口調で茂樹さんに近づいて話しかけた。「あなたが怒るから雨がザーザー降ってきたでしょ。落ち着いてモップで床を綺麗にすれば晴れるよ。」笑いながら語りかけるユキさんの姿に感動しているスタッフをよそに、ユキさんはどこか気が収まらない茂樹さんにさらに語りかける。「あんた昔私と付き合ったことあるでしょ。覚えてないの、思い出してみな」ユキさんの究極のアプローチにあっけにとられるスタッフ。茂樹さんは頭を抱え込んで机に突っ伏して考え込んでしまった。しばらくして「つかれた」とひと言。三浦君に付き添われて自分の部屋に戻りフゥ〜と一息ついて休んだのだった。
 利用者同士のニアミスから起こってしまった騒ぎだったが、スタッフの連携は見事なものだった。ぶつかった二人の気持ちも充分考慮しつつ、両者の感情も抑えつけず、いい感じで守ったと思う。そんな修羅場に、落ち着いた空気をたっぷりとつぎこんでくれたユキさんの言葉はなんといっていいのだろうか、とにかく感動ものだった。女神の登場にみんなが救われた感じだ。
 これで一件落着と思っていたが、その日の夕方、この件の引き継ぎをしていると、寝ていた茂樹さんがそれを聞いていたらしく、急に目を開けて怒鳴った。「あのやろうがおれのおでこをはたいた、ぶっ殺してやる」その時にはあの良夫さんはショートステイだったので退所されており、家に帰った後だった。それを伝えると「今度来た時ぼこぼこにしてやる」とひとしきり叫んでから眠りにつかれた。でも次の日にはすっかり忘れてくれたようだ。次回の良夫さんのショートステイではなにが起こるのだろう、なぜか楽しみだ。
 
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