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日本海ドライブ【2011.05】

グループホーム第2 佐藤 万里栄
 

 5月9日晴れ。この日、98歳を迎えた豊さん(仮名)の誕生日ドライブを決行した。目的地は秋田県の男鹿半島、日本海を見渡す鵜ノ崎。
 豊さんの誕生日は3月で、当初の計画では沿岸の海に行くつもりだったが、地震で中止になり、のびのびになったまま誕生日を祝えていなかった。私としてはなぜか広々とした海を一緒に見たいのだが、沿岸は津波で壊滅的な被害でそれどころではない。
 ケアプラン会議で、海に行けなくなったと嘆いたのだが、ならば田沢湖か十和田湖でもいいのではないかと言う話しも出て、私もそうするつもりだった。でもどこか腑に落ちない。理由は自分でもわからなくて、説明もできないのだが、なぜかたくさん水のある場所に行きたかった。しかも湖くらいの水の量では足りないような気がしていた。囲まれた水、溜まった水ではなく、果てしなく広がる水、やはり海に私は豊さんと行きたいのだった。
 「どういうイメージなの」と理事長が聞く。砂浜が広がっていて、海辺まで行けて、広い海が見渡せてと並べる私。「じゃあ日本海まで行こう。男鹿半島だ」「えっそんなところ行けるんですか」といいながらその瞬間「98歳と日本海」とタイトルが飛び出してきた。
 私にとっては生まれて初めて見る日本海。豊さんと行ってみたい。豊さんなら連れて行ってくれると確信できた。主任スタッフの美貴子さんも絶対行ったらいいと押してくれた。家族さんにも電話すると「車で走るだけでも道中楽しいと思います」と後押ししてくれた。迷いはなくなった。
 3月まで豊さんの担当だった詩穂美さんも参加してくれることになり、誕生日ドライブ参加者は豊さん、理事長、詩穂美さん、私の4人の万全の体制で出かけることになった。
 普段、午前中寝ていたりして目覚めの悪いことも多い豊さんだったが、当日は朝からぱっちり目を開けて起きてくれて、10時に出発。道中、後部座席で豊さんは、足を組んでキャラメルを食べたり、お茶を飲んだり。ときたま思い出したように「ここはどこだ?」と確認して、かぶった帽子を直して眠ったりしている。
 高速道路を走ること2時間弱で昭和男鹿インターを降りて、しばらく走ると海が見えてきた。「豊さん!海!海!」とはしゃぐ私の横で、そ知らぬ顔の豊さん。男鹿駅を過ぎたあたりで海が目前に迫ってきた。名勝鵜ノ崎海岸。「豊さんついたよ。日本海だよ」「ほかー」という豊さんを車いすに移し早速砂浜におりた。風は少し冷たいが陽射しもあるまずまずの天気。海辺の豊さんは車椅子に乗っていたが、立ち上がって歩く意欲満々。補助すると、海に向かってガンガンと歩いて海水にすっかり入る所だった。すんでのところで両脇を引き留めたおかげで靴が濡れただけで助かった。その後、砂浜に3人で座ってしばらく海を見ていた。
 「豊さん海見えるか〜?」と一緒に来てもらった詩穂美さんと聞くと、首だけで「うん」と答える豊さんは、海のほうを眺めて、またうつむく。潮風が心地いい。
 目の前は、見渡す限りの海原。これだ、イメージ通り、こんな場所に豊さんと一緒に来たかった。豊さんなら、きっと連れてきてくれると思った。
 豊さんの誕生日になぜ海だったのかはわからないけれど、間違いはなかったと確信できる。根拠はないけど、思いは満たされた。「98歳と日本海」はこの先私の人生に刻印され続けるだろう。いつになく元気で表情も豊かで、ピースの呼びかけにも答え、裏ピースをしてくれた豊さんの姿も、日本海をバックに写真に納めた。
 鵜ノ崎海岸を後にして、近くの海鮮市場で4人で海鮮丼を食べた。お刺身もご飯もパクパクほおばる豊さん。普段はソフト食なのに…不思議だなぁ。
 帰りの車の中では、私も豊さんもぐっすり寝てしまった。目がさめると、花巻が近づいていた。途中、私が差し出した手を豊さんは握ってくれて、里に着くまでそのままでいてくれた。一緒に行ってきた感じが強く残った。
 ありがとう豊さん。「98歳と日本海」は迫力があった。
 

豊さんと日本海を見渡す
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