トップページ > あまのがわ通信 > 2011年4月号 震災後1ヶ月間で感じたこと


震災後1ヶ月間で感じたこと【2011.04】

ワークステージ 日向 菜採
 

 地震の影響で送迎の体制が組めずワークステージは約2週間休業した。
 地震直後、各部署に作業を中断し利用者を集め、送迎車に乗って待機してもらった。泣きだしうずくまる人や、今後の予定を心配して混乱する人など、動揺は大きかった。
 盛岡から電車で通っている4人の利用者は停電で、電車が動かず、信号が点灯していない国道を走るのも厳しかった。そこで夜9時頃になって盛岡に向かった。いつもは照明で明るいコンビニやスーパーなどが真っ暗で、どこを走っているのかまったくわからなかった。利用者を自宅まで送り届けた際、マンションはエレベーターが動かないため、上の階まで階段を上らないといけなかった。普段は便利で不自由なく生活できていた町は、停電によってとても不便なところに思えた。
 無事全員を送り届け、里に戻ってきたのは深夜0時近く。グループホームみつさんちには9名の利用者が暮らしており、今後の見通しが立たず不安だった。私自身、車のガソリンがなく、グループホームに寝泊りして、みつさんちで利用者と生活することになった。
 みつさんちは第一と第二と建物が分かれているが、食事は第2で一緒にとっている。第二の食堂はIHクッキングヒーターのため使用できず、暖房も使えなかった。第一はリビングには暖炉あり、キッチンはガスコンロだったため調理も可能で、食事は第一で摂ることになった。災害時には燃料を多元化しているほうがリスクが分散されるようだ。
 ワークステージが再開するまでの2週間の間、みつさんちの利用者といっしょに過ごしたが、利用者にはなかなか危機的状況が伝わらなかった。
 「盛岡に遊びに行きたいよ!」と怒る人。潔癖?のSくんは、断水なのに、溜めておいた水を大量につかって念入りに歯磨きと洗顔をしている。お風呂も毎日入ろうとする人。自由に外出できなくて不満がたまっていく人。私や職員が泊まり込んでいるので楽しんでいる人もいたが、この危機的状況をどう理解してもらうかばかり考えてしまい、結局理解してもらえないことに疲れてしまった。私自身も24時間途切れることなく常にみつさんちにいたため、気持ちに余裕もなく精一杯だった。
 気分転換にと街のショッピングセンターへ外出を計画。燃料がなかったので他の用事のついでで外出した。買い物と外食で幾分ピリピリしていた雰囲気も和らいだ。また東和温泉に入浴しにいったり、リビングで「ばばぬき」をして盛り上がったりもした。また、ウッドボイラーのおかげで特養で入浴ができるようになり、みつさんちも一日おきに「大騒ぎの入浴」をした。Tさんは、一人でお風呂に入るときよりも大勢での入浴の方が温泉気分で楽しかったようだ。
 震災から約1週間がたち、スタッフの体制が組まれ、みつさんち利用者だけで作業を開始した。ただ1日ずっ たりと過ごしてきた1週目よりも、時間にメリハリがついたため、気持ちに余裕がでてきた。やはり、職員体制や一日の段取りができていないと、疲労感だけがたまっていく。被災地ではまだこういう状態なのかもしれない。
 ワークステージは3月25日から再開し、現在は通常どおり営業している。この震災のおかげで、「今まで通りの生活」も見直さなければならない。みつさんちは以前から水道・電気・ガスの使いすぎが目立ち、利用者の節約の意識は皆無で、使い放題の自由な生活はどうしたものだろう。

 ワークステージでは、停電で水耕ハウスの水の循環システムは動かず、またハウス内の温度管理もできず、ねぎの生育環境に影響を与えた。ギョーザを製造している食品加工場は、商品を冷凍保存しているため、停電により溶けてしまった商品は売り物にならない。今後、ライフラインが機能しなかった場合の対処や製品の管理など、普段電気などに頼りすぎている部分は考えていく必要がある。そして、利用者や職員の精神面の支えなども大きな課題である。この震災を貴重な体験として、今後に活かしたい。
 

暖炉があるみつさんちに集合
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