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食を繋いだ炊き出し【2011.04】

厨房 畑中 美紗
 

 3月11日。大根を刻んでいた時だった。白衣のポケットに入れていた携帯が「キュイーン、キュイーン」と鳴った。聞き慣れない音に違和感を感じつつ作業を続けていたら、揺れ始めた。揺れはどんどん強くなる・・。急いで厨房メンバー全員で外に出た。揺れは続いて、駐車してあった車も、前に後ろにグラグラと揺れて、動き出してくるんじゃないかと思うほどだった。
 揺れが収まって厨房に戻ると、厨房機器は位置が動いただけで無傷でホッとした。だが厨房の事務室は、プリンターが落ち、ファイルや書類、本などが棚から落ち足の踏み場もない状態だった。
 問題は夕食をどうするかだった。水は出るが、電気が使えない。ガスも使えない。今日の夕食の献立は鶏肉のレモン蒸しだが、コンベクション(スチームオーブン)が使えない今そんなの作れるわけがない。ワークステージから屋台用のガスコンロを持ってきて、庭で料理をつくることになった。主食はどうする?乾麺があったが、60人分は足りない・・頭がボーっとして、何から手をつけたらいいのか分からない。
 よし、鍋でご飯を炊こうと言うことになった。短大の調理実習ノートを引っ張りした。米を4升といで、30分浸水、強火で沸騰したら中火にして5分、弱火にして15分、火を止めて10分、ノートの通りにやって米が炊けた!!厨房みんなで「おおっ」と感動!!しかもいつもよりおいしい!!
 おかずは肉禁・魚禁(嫌い)の利用者のためにパックしていた冷凍の在庫を各ユニットでカセットコンロでお湯を沸かして温めてもらった。野外の屋台用のガスコンロで大根のきんぴらを調理。味付けを私がやって、事務の充さんが炒めてくれた。イベントでもないのに野外で給食を作るなんて・・・。ガス、電気がないまま、急遽、給食を作ってしまった自分たちの力にも驚いた感じだった。
 なべで炊いたご飯でユニットことでは全ユニット分の おにぎりを握ってくれて、いつもよりも1時間遅れたが夕食を配膳した。続けて、翌日の朝食分も作ろうと、なべで米を炊き、事務をはじめ、各部署からスタッフが集まってきておにぎりを握ってくれた。真っ暗やみの中でろうそくの明かりでワイワイと握った。「あれ?私の握ったのだけおっきい・・」というスタッフ、「この梅干しおいしい」と、つまみ食いしている人も。おにぎりの形もさまざま。厨房も介護員も事務も関係なく、震災の中で、みんなでやろう!!って感じがうれしかったし、心強かった。
 2日目。食材が納品できないとの連絡があった。今ある食材で何とかしなければならない。これがいつまで続くのか。今厨房に残っている食材やワークステージの加工場にある食材など、里中から食材を集めて3食を作っていかなければならない。カロリー計算して作った献立も緊急事態でリセット。今ある食材で献立を考え、計算じゃなく感覚で調理する事態になった。


 銀河の里で田んぼを作っていて、米はたくさんあったこと。自前の味噌も一年分はあること、野菜のハウスがあったこと、ワークで食品加工場があったので在庫の食材があったことなどは頼もしかった。さらにたまたま発注ミスでストックがいっぱいあったこと、またやっちゃった・・・といういつもの発注ミスも今回ばかりは、助かった。
 電気もガスも使えない、寒い・暗い3日間だったが、3食の食事はきちんと出すことができた。震災のなかで、日々の生活の食事の大切さを改めて感じた。
 利用者も支えてくれた。地震直後、弥生さん(仮名)のところに行くと、「あぶねぇがらおめぇはここさいろ」と気遣ってくれた。余震が来ると「誰だ?揺らしてるのは。やめろじゃ。」と怒ってくれた。いつも通り暖かい弥生さんがいてくれてホッとさせられた。
 沿岸では、津波で信じられないような状況になっている。今後の復興にどんな支援ができるのか、今はまだ混乱のなかでなにも見いだせないが、日常を守りながら、しっかり生きていきたい。
 

外で炊き出しを行う厨房スタッフ


厨房スタッフも畑で収穫
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