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里の栄養士【2011.03】

特別養護老人ホーム 中屋 なつき
 

 里のショートステイを月一回のペースで利用し約一年半になる透さん(仮名)。事故で下半身不随となった透さんは、「こったな身体になって、人の世話になってまで生きてて何になる? 早く死にたい」と訴える。「死にてぇと本人が言ってんだから、国も、介護保険だ何だって言ってねぇで、死ぬ薬、出せばいいのだ。そうすれば、おめたちも国も、もっと楽になるべじゃ?」…グッとつまるものがあって「私は透さんと出会えてよかったよ」と返すのが精一杯。「ふん、そうか? じゃ、おっぱい、もませろじゃ♪ あはは〜」こちらの気持ちも察してか、最後はお得意の下ネタで笑った。
 在宅で訪問看護や訪問入浴のサービスも利用している透さんの周りには、優しい美人スタッフが大勢いて、女性が大好きな透さんとしては幸せそうだ。「みんなも透さんを好きなんだなぁ」と担当者会議でも感じた。
 銀河の里では何ができるか? ショートステイとしての役割はなんだろう? と考える。自宅で介護を続ける奥さんの休息の時間を確保すること? ショートステイ中も普段の在宅生活のリズムを崩さないようにサービスを提供すること? それらは確かに大切なことだけど、透さんの「死にたい」思いにどう向き合うのかという課題は、関係性をどう生きるかという大きな意味合いを持ちながら、長らく宙に浮いたままだった。


 トイレの介助中に透さんが話しかけてきた。「あの姉っこ、なんて名前だったっか?」若い女性スタッフの名前はバッチリ覚える透さんだが、「最近は覚えられなくなった…」と。「誰?」「あのよぉ、そばの姉っこよ」「ん? そば?」詳しく聞くと、前回の利用時に、厨房の祥さんが、透さんの好物の蕎麦を昼食に出してくれたという。食が進まず、ご飯は少なめで、おかずも残している透さんに、なんとか食べてもらおうと蕎麦を特別に用意したのだ。
 栄養士の祥さんはヘルパー資格もあり、当初、特養ではユニットの介護職員として働いていた。透さんとはその頃からのお付き合いだ。1年前は車椅子でリビングに出てきてみんなと一緒に食事していたのだが、今は車椅子に座れず、食事は居室のベッドの上で摂っている。ユニットのスタッフはリビングの食事介助に入るため、自力で食べる透さんにはお膳を届けて、食べ終わったら下げるという関わりしか持てずにいた。そこへ、「好きなものなら食べてくれないかなと思って聞いたら、麺類が好きだって言うので・・・。私も部屋で一緒に食べたんです。おかずも全部、残さないで食べてくれたんです!」という祥さんの報告にユニットのスタッフも喜んだ。その人の好きなものを特別に出したいという気持ち。さらに食事の時間を共に過ごす栄養士。里の厨房の本領がここにある!
 祥さんに「蕎麦の姉っこ、って言ってたよ」と伝える。「なんとか名前、覚えてほしくて、春・夏・秋・冬のアキだよって言ったんですけど。」と笑う祥さんだが、“蕎麦の姉っこ”と呼んでもらってとても誇らしげだった。ユニットのスタッフも負けてられない。


 先月、昼食に刺身が出た。箸が使えず最近は手で食べることが多くなっていた輝明さん(仮名)に祥さんは、キッチンでパパッと、にぎり寿司風にして差し出した。「はい、輝明さん、どうぞ!」と笑顔の祥さん、物静かに過ごしていてほとんど喋らない輝明さんも、思わず「おっ!」と目を大きくして、身体をのけぞり「お〜!」と感嘆のひと声。ぺろりと平らげ、にんまりご満悦だ。その表情を見ながら、ユニットスタッフも厨房スタッフも一緒になって喜べるこの感じがいい!
 作業や役割だけで対応していたのでは見えない、人間の関係というものがある。死にたいと時折こぼしつつも「俺の身体がこったにならねかったら、ナツキとも知らねぇ同士だったんだおんなぁ」と言ってくれる透さん。何も役に立てないけど、やはりひとりの人間として真摯に向き合う私でいたいと思う。スタッフのひとりひとりが利用者との出会いに育てられ、役割なんか飛び越えて生きていきたいと思う。ユニットのチームづくりがやっと始まった。厨房や医務も含めた特養のチームが、お互いに刺激し合い力をつけていけるのはとてもありがたいことだ。利用者もスタッフも、その人らしい生き生きした表情が出始めた、これからの特養が楽しみだ。
 
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