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わやわや北斗【2011.02】

特別養護老人ホーム 中屋 なつき
 

 忙しい特養にも昼下がりにポカッとあいた時間ができる。だいたいの高齢者施設ではこの時間は、職員と利用者がぱっかりと別々の世界に別れて、職員は世間話に盛り上がる時間、つまり利用者にとっては見捨てられる魔の時間帯になりがちだが、銀河の里では、ここを黄金の時間にしたい。
 ある日の昼下がり、テーブルを囲んでセイ子さん(仮名)と歌を歌う。結構な音痴で、おまけにだみ声だが、高らかに歌ってくれるセイ子さんとすごす時間は至福の時だ。こちらの目をじっと見て、ときにリードして、ときに後から、一緒に歌ってくれる。セイ子さんのおおらかさにすっぽりと包まれているような感じになる。
 数年前から銀河の里のデイサービスの頃から、辛口トークのわがままお姫様としてスター的存在だったセイ子さんだったが、特養に来てから利用者無関心派の職員から、やっかいな人として見られるのが腹立たしかった。新人を中心にセイ子さんの“らしさ”を解ってくれるチームができてきたときは嬉しかった! セイ子さんのユーモアあふれるセリフを聞き逃すまいと辛口トークに挑む。最近は口数が減ってきたので、久しぶりに、お得意の「バカ!」や「ろくでなし!」が出ると「やったー!」とスタッフから拍手が巻き起こって盛り上がって喜ぶ。
 スタッフの関心が入居者に向くチームになると、笑いのない固いだけのリビングの雰囲気は一変する。利用者ひとりひとりの表情にスタッフの心が動き、利用者もスタッフもお互いの関係性が動き、いろんな動きを見せてくれるようになる。
 おやつの時間、童謡や歌謡曲など次々と歌うセイ子さん。その隣にいたカヨさん(仮名)がセイ子さんの歌に合わせて口笛を吹いてくれる。その向かいにいたフユさん(仮名)がテーブルを指で叩いてトントンと拍子をとり始める。次から次に出てくる歌詞に「どこまでも覚えているねぇ!」と驚きながらニコニコ。その後ろで「はぁ、このお婆ちゃん、97歳だってなぁ! たいしたもんだ」と賢吾さん(仮名)が感心して言葉を口にする。
 少し離れたところでこの様子を見ていた97歳のフミさん(仮名)は、ものすごく好奇心のある方で、気持ちはすっかり参加していて、声は出さずに口パクで歌っている。フミさんの隣にいたスタッフが「なんたら、フミさんも声出して歌えばいいのに〜」とつつくと、「えへへ」と照れ笑い。それでも恥ずかしがってか口元を隠そうとしたのだろうけど、なぜか鼻をつまんで歌い出したフミさんに、みんなが可笑しくなって笑いが起きる。そこに追い打ちをかけるように「ぽんぽこぽん、の、ポンッ!」とセイ子さんのだみ声が軽やかに宙を舞う。少し離れた自分の居室で寝ているはずの葵さん(仮名)までが「あ〜い!」 と掛け声を入れてきてさらに盛り上がる。こうして、やらせのリクリエーションなどではなく、自然と雰囲気ができて昼下がりの歌会が続いていく。
  そこへ「あはははぁ〜!!」と玄関から怪しい大声が響いてくる。デイサービスから帰ってきた剛さん(仮名)だ。「あ、おらえの父さん、帰ってきた!」。
 剛さんの登場でさらにユニットは賑やかになる。外から見れば錯乱状態にしか見えないかも知れないが、それぞれ自分らしさ全開になっているので、楽しくてほほえましいのが凄い! 大声で動き回る剛さんの参加で、動きが出て、また違った盛り上がりになる。みんなの座っていた歌会テーブルの間を「ご飯、あと何分だ〜?!」と歩き回って、「どこさ座ったらいい〜?」と叫んでいる剛さんに「ここさ、おんで」とイスを勧めてくれるカヨさん。剛さんに「今日はどこまで行ってきたの?」と声をかけてくれる賢吾さん。歌会のあまりの盛り上がりの迫力がツボにはまって笑いが止まらなくなっているフユさん…。ひとしきり歌い続けて一息ついたのか、代わって騒いでいる剛さんに譲った形で歌を終えたセイ子さんはキョトンという表情をして、ウン、ウンとうなずきながら剛さんを見つめている。


 ユニットの雰囲気やチーム作りは始まったばかりだ。利用者さんひとりひとりのまなざしに支えられて、職員のひとりひとりがどう育っていけるか、特養としても3年目は勝負の年だ。課題はまだまだあるけれど、寒々しかったリビングにやっと笑顔の花が咲くようになって利用者もスタッフも表情が出始めた。やっといい感じがでるようになってきた。
 昼下がりの一騒ぎの時間が過ぎて、そのまま雰囲気を残しながらワイワイがやがやの夕食タイムへと移っていく。さて夕食の準備にとりかかるとしようと、カヨさんに声をかける。
「カヨさん、盛り付け手伝ってぇ〜♪」
「はいよ!」と元気な声が返ってくる。

ほれ、おめぇも食べてみろ〜
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