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新人奮闘記 その1【2011.02】

特別養護老人ホーム 三浦 元司
 

 学生時代は、友達、先輩、先生と会話ができていることで繋がっていると思っていた。携帯電話でメールしていれば良き相談者、良き理解者だと思っていた。しかし、社会人になって銀河の里で働くようになって今までの考えがずいぶん浅かったと感じるようになった。
 スタッフとなかなか気持ちが通じない。日々、人と“繋がる”ことがこれほどまでに難しいのかと思い知った。なんとか自分からアクションを起こすことで場を凌いでいたのだが、苦しくて、思い悩む日も少なくなかった。
 救われたのは利用者の存在だった。ユニット北斗にはめちゃくちゃにちぎってきて「バカ!」と怒鳴るおばあちゃんや、いつも大声で笑ってくれるおじいちゃん、オリジナルの歌を完璧に覚えるまでレクチャーしてくれるおばあちゃんなど、個性豊かでアクションを起こしてくれる利用者さんに救われた。
 今ふり返ると、着任当初の自分は、利用者さんの動き・言葉・表情を表面的に見ているだけで、浅い見方と考えでしかなかったように思う。


 仕事を始めて1ヶ月も経つと、作業や利用者さんの特徴などは覚えてくるので、余計な緊張や戸惑いが消えて動きは良くなっていく。自分もだいたいの利用者さんとは楽しく話すことができるようになったが、龍治さん(仮名)は他の利用者さんとは違って、なかなかなじめず戸惑っていた。龍治さんは無口で、話しても冷たい口調だった。いつも腕を組み、リビングの動きをジッと見ていた。そして、居室にいるときは、朝から晩まで何回となく「おーい、おーい!!」と職員を呼ぶ。呼ばれて行っても何を言いたいのか、何で怒鳴っているかが分からず、正直、戸惑うばかりだった。
 そんなある日、龍治さんが呼ぶので居室に行くと「換えてくれ!」と初めて要件を頼んでもらえた。よしとばかり、オムツ交換の準備をし、いざ交換しようとすると手を払いのけられた。そして、「お前じゃない。違う人に頼んでくれ!」と言われた。「なんでオレじゃ駄目なの!?おれも出来るから!」と思わず龍治さんにぶつけたのだが聞いてはもらえなかった。龍治さんは怒り狂って「早くしろ!」と大声で他のスタッフを呼んだ。情けない思いで、しかたなくベテランのスタッフに任せるしかなかった。
 こんな事もあって、自分の中では龍治さんとの距離を感じたのだが、なぜか龍治さんはその日から、呼ぶ回数がさらに増えて、行く度に泣いたり、怒鳴ったりしてくるので…喜怒哀楽が 激しい人だと戸惑うばかりだった。ところがそうした戸惑いと同時に、自分は龍治さんにどこか惹かれ興味を持っていったように思う。
 呼ばれる度に部屋に行くようにしているうちに、龍治さんも色々と話しをしてくれるようになった。龍治さんは政治や経済から、音楽や、果ては女性とのつきあい方まで色々と話してくれるようになり、2人で居室で話し込む時間が多くなった。
 ある日龍治さんが「桜の時期か…。富士大の桜並木、描けなかったな…。」と呟いた。どういうことかよくよく聞いてみると、退職後、花巻の風景画を描いてきたらしく、一端の絵かきだということが解った。
 自分はそれを聞いてすぐ“描いてほしい!!”と思い、富士大の桜の写真を撮ってきた。これで龍治さんが、絵を描くに違いないと思っていたが、写真を持って行っても目を閉じたままで見てくれない。居室にこもり、「今、忙しいから。」とリビングに出てくることも減っていった。思いこみが外れた自分は焦った。“絵を描き始めるきっかけがないのかな”と思い、ぬり絵帳を龍治さんの部屋に持っていって渡した。龍治さんはフッと不敵な感じの笑いを浮かべて塗り絵帳をとろうともせず「お前がやってみろ。」と言った。言われた通りに自分が色をぬって見せると「なかなか、うまいじゃないか。」と言われ、褒められた気でいた。理事長にそのことを話すと「オイオイ絵描きに対して、ぬり絵をはないだろ。」と自分の浅はかさを突かれてしまった。「写真じゃ描かないだろう」とも。自分は相当場違いなことをやっているらしいと気づかされて、申し訳なく思い、翌日、龍治さんに謝りに行った。龍治さんは「いいよ、いいよ。」と笑って言ってくれたが、どこか怒っていたようにも見えた。その日ちょうど龍治さんの描いた作品が届いて北斗に飾られた。その絵を見て改めて自分のトンチンカンを思い知らされるようだった。


 「オレは、まず鉛筆で下書きをしてから色を入れる。絵には絶対に紫を使うのが特徴だな…。」と龍治さんは語ってくれる。そんな話しを聞きながら、よかれと思ってやったことだが、すごい失礼なことで、侮辱に近いことだったかも知れないとようやく気がついた。
 介護士としてお世話してあげようなどという浅はかで傲慢な自分が見透かされ、砕け散ったような気がした。
 そんなある日、いつものように龍治さんに呼ばれて部屋で話し込んでいると、龍治さんが言った「いいか俺がおまえを育ててやるからな」その言葉に驚いたがとても嬉しかった。そして素直に「この人について行きたい」と思える自分がいた。     次回に続く
 
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