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おばあちゃんの事【2011.1】
特別養護老人ホーム 村上 ほなみ

 昨年の11月28日から12月5日まで、岩手県障がい者芸術文化祭がひらかれた。ワークステージの利用者、昌子さん(仮名)は今年で3回目の出展となり、11月初めから準備に取りかかっていた。私は昨年から昌子さんの出展の手伝いに関わらせてもらっている。昨年は、昌子さんと出会ってまだ半年で、お互いの関係を築こうとしていたところだったため、普段は言葉で言えない思いを伝えあえる貴重な機会ともなった。
 さて、今年はどんな作品になるのだろう。いろんな期待を込めて、芸術文化祭の出展に誘った。今年の夏にふたりでジブリの新作『借りぐらしのアリエッティ』を見に行ったこともあり、すでに昌子さんの中では「アリエッチィを描く!」と意気込んでいた。今回描くのは、映画にでてきたドールハウスで、これまでは人物や動物を主に描いてきた昌子さんにとっては初めての建物。昌子さんは私に、毎日のように絵をプレゼントしてくれるが、最近は楽器の絵やウエディングケーキの絵など物の絵が出てくる。人物の絵を描くことで人への恐怖心と戦っていたようにも思える以前と比べ、現在はもうそのステージではなく次に進んでいることが感じられる。
 作品搬入日の一週間前から、夕方仕事が終わったあと残って、短い期間で集中的に描きあげることになった。ドールハウスは二階建てで、一階には花の模様が入った洋服ダンス、二階にはパッチワークのカバーがかけられたベッドや、テーブルの上にポットとマグカップが置かれるなど、本当に誰かが住んでいそうなほど細かくきれいな家だった。毎日の絵のプレゼントでも何度か同じような絵を描いてくれたが、出展仕様の絵は普段の絵とは違い、明るいピンクや黄色、オレンジなどの色がベースの、春の暖かさを感じさせるドールハウスで、ハウスの上には虹がかかっていた。下書きの時点でその絵を見せてもらったときは、さすがだなと感心させられた。
 絵を描き始めてから2日目。クーピーを持つ手がなかなか進まず、少しぐったりしている昌子さん。集中して一気に描き上げる昌子さんにとっては珍しいことで、私も心配になった。「今日は無理しないで帰ろうか?」と声をかけると、昌子さんは「うん」と頷くだけで固い表情で片付けた。自宅へ向かう車の中で、昌子さんは「明日にはたぶん描けると思う」とひと言。少し曖昧な感じだけれども「ここで負けたくない」という強い意志を感じた。細かい絵だけに、小さな花びらなど一つ一つ塗ることも大変だったと思う。
 3日目、半分までも色が塗られておらず、私はこの日の完成は難しいだろうと思っていたのだが、そこからは一気に1時間半で仕上げ、絵を完成させた。絵を完成させた後の昌子さんは、終始笑顔で安心した様子だった。
 私が担当支援員になって1年半、普段の仕事の中だけでは見られない昌子さんの強さや女性らしさなどを、映画鑑賞や作品製作など、いろんな機会を通して感じてきた。私が出会う以前の利用当初は消え入りそうなくらいで、利用が継続できるか心配だったそうだ。彼女の年々の逞しい変化に、私はいつも胸がいっぱいになる。絵を描いて手紙の代わりにして、自己表現する段階から遙かに歩を進めて、今や作品として大勢の人の前に出展するある種の責任も負っている。締め切りとも対峙する。趣味を超えて、出展という機会を経て、昌子さんの本来持っている強さや、絵に込める想いなど、毎年深化を感じる。
 昌子さんには、すでに別の展示会のオファーがきている。次は「どんな絵」と「どんな昌子さん」を見せてくれるか楽しみだ。

作品と一緒に緊張の面持ちの昌子さんとスタッフ
 
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