トップページ > あまのがわ通信 > 2010年12月号 ナツさんの旅立ち

ナツさんの旅立ち【2010.12】
特別養護老人ホーム 中屋 なつき

 ナツさん(仮名)は、トイレでいろんなことをお話ししてくれた。ある時「あなた、なんぼになったの?」と歳を聞かれた。 「女の33歳は大厄だから、必ずお祓いしてもらった方がいいよ」と目を開いて語る。「厄払いって、どうすればいいの?」「神社に行ってお金を納めるの」「神社…」「若い人は馬鹿にする人もいるかもしれないけどね…。あなた、毎朝ちゃんと神様に手を合わせる?」「うーん…、あんまりやらないねぇ…」「私もね、若いときには、年寄りってなんでこんなに信心深いんだろうって思ってた。でも今は、私のおばあちゃんがそうしてきたことを私もやってるの。窓のところから東を向いて、きちんと手を合わせる。お金がないなら神社に行かなくてもいいの。そのかわり、きちんと毎朝拝めばいい。心を込めて手を合わせる」「神様を心においておくだけでいいんだ。神様って、見えないけど確かにあるものなんだよ」 普段のにこやかな表情とは違って、真剣な眼差しで語るナツさんだった。

 ナツさんとはデイサービスから始まり、ショートステイ、特養と丸一年を暮らしてきた。
 今年6月、肺炎で入院し、戻ったときには痩せて、食欲もおち、8月からは点滴の日々が続いた。入院前は、「私、まだご飯食べてないんだけど」と、夕食の後の「二の膳」が恒例となっていた。なんとか再び食べてほしい! “栄養摂取”としてではなく、一緒に暮らす仲間との“食事・食卓”を作りたかった。仲良しのトミさん(仮名)とのおしゃべりがおかずになったり、得意な生け花を食卓に飾ったり、ナツさんにとって特別な想いがある“おにぎり”をつくったりした。“関係性を食べる”ということの大切さを教えてもらったと思う。
 それでも徐々に、ターミナルを意識せざるを得ない状況になっていった。車椅子に乗るのも負担になり、ほとんどベッド上で過ごすようになった。
 ナツさんと親しいトミさんは、ナツさんの様子を気にかけていた。私はトミさんを誘ってお部屋に行き「ナツさん、気分はどう?」と声をかける。返事の代わりに、身体のどこかしらが「痛い」とかすかに訴える。手を握ったり身体をさすることしかできなかった。
 毎年夏には、花巻の花火大会を見に行く。当然、「ナツさんと行きたい!」とみんなが思う。念入りに計画を練って準備した。それに応えてくれたナツさんの頑張りにも驚いたけれど、当日の「伊達メガネ紛失事件」のハプニングはほのぼのとした記憶として残った。
 無事に現地に到着し、車いすからクッションチェアに移乗する際、メガネをいったんスタッフが預かった。ふと気づくとメガネがない! 暗がりの中を大捜索! そのうち、花火がドドーン!と上がり始める。「わぁ〜!」とか「きれいだねぇ!」という感嘆の声に混じって「見えな〜い」というナツさん…。「誰かが持ってった〜」「でもさ、ナツさん用のメガネだおん、他の人には合わないから、誰も盗らねぇこったよ」と慰るスタッフに、「だって、あれ、誰がかけても見えるメガネだもん…」えっ?! 伊達メガネだったんスか? 初めて明かされる事実! だったら見えるんじゃん?! それでも「見えない〜」きっとお守りのような大事なメガネなんだろう…。その夜めがねはついに出てこなかった。
 そんなことで花火見物の主役になったナツさんだったが3日後にメガネはひょっこりと車いすの中から出てきた。この後日談もひっくるめて、一緒に行けてよかったなぁ…と思う。それはナツさんにとって人生最後の花火見物となった。

 10月に入り、いよいよ覚悟を迫られる状況になった。新人ばかりの若いチームは重い空気に包まれた。緊急ミーティングを持ち、ナツさんにとって大事な時間だから「重くならなくていい、ナツさんの最後を一緒にすごそう!」と話し合い、そこからチームは吹っ切れたように空気が変わった。ギター弾きの酒井さんがナツさんの部屋でライブをやった時は、ユニットのメンバーが部屋に大集合して歌った。辛くてなかなか部屋に入れなかったトミさんも、このときはみんなと一緒にナツさんを囲んだ。部屋には写真がたくさん貼られ、花やお茶セットも置かれ、気軽に入って行ける雰囲気がつくられた。ナツさんは食べられなくても楽しい雰囲気を味わってもらおうと、ユニットでお茶会や食事会も企画された。たくさんはしゃべれなくなっていたナツさんが、時々ふと発してくれる一言や表情、息遣いが、私たちには何よりの宝物だった。
 10月の初旬の早朝、ナツさんは旅立った。その時、トミさんは空気を察して起きてきて、リビングで見守っていてくれた。最後のお別れは前川さんと一緒に玄関まで出て見送ってくれた。その後しばらくトミさんはどこか沈んだ感じだった。そんなトミさんを見かねて、思わず私はトミさんの膝元に無言で顔を埋めた。私の頭をなでながら、「寂しいなは、こういうときはね…」と言ってくれる。「それでもなは、頑張らねんば残った者は。逝った人は心に残ってるもんだから」
 ナツさんを送った数日後、ひょっこり出てきた一枚のカーディガン。「本当はちゃんと断らなきゃならねんだろうけど…、いいなは、私がもらうよ」と言ってトミさんが羽織ってくれたのにはスタッフ全員が癒された。特養は「終の棲家」であり、我々の仕事は「人生の最大の旅に出るひとりひとりを見送ること」なのだと改めて考えさせられる。いくら頑張っても「もっと何かできたかも…」と悔いが残る。「大切な友人が行ってしまった」という寂しさも感じる。けれども、旅立った人に育てられ、スタッフひとりひとりが、また、チームが、一回り成長していくように感じる。
 それから2ヶ月、今は気落ちして辛かったトミさんと、気を使わずにナツさんの話ができるようになった。花を生けながら、「ナツさんがいたらば上手にやってけたんだなぁ」と笑顔で言うトミさんがいる。「神様を心においておく」と語ってくれたあの日のナツさんを思いだしながら、今もみんなナツさんに支えられているのをしみじみ感じる。
 
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