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あまのがわ通信とその挑戦【2010.12】
理事長 宮澤 健

 あまのがわ通信が記念の100号を迎えた。銀河の里設立10周年のひとつの歴史として感慨深い。途中で休刊した期間が2度ほどあり、その都度再出発をしたので、正確には3代目の通信が100号になったということになる。
 さらに遡ると、平成5年に稲作を始めて、産直のお便りとしてあまのがわ通信を書き始めたのが源流となっている。かれこれ18年が過ぎるのだから通算では200号になる。
 今回、記念の特別号には、銀河の里の深い理解者である菅生先生から、身に余る励ましの文章をいただいて感激した。常に見守っていただいてきたし、精神的な支えとして、今後の里の挑戦にとって大きな存在である。また、障がい者支援の同志を感じる横井先生も渾身の記事を連載いただいており、頼もしいかぎりだ。永田先生も御多忙の中、原稿をお寄せいただいた。認知症介護のリーダーであり、グループホームの生みの親として、全国を駆け巡り活躍されている。先生のご紹介で里を訪れた関係者は相当数に登る。多忙な先生のご好意に感謝この上ない。銀河の里の10年はこうした全国の深い理解者に支えられてきたと実感する。
 さらに記念号には新人からベテランまで思いの丈を書いた長文の記事が並んだ。普段は語らないまでも、銀河の里では、日々の感動や驚きの積み重ねが、それぞれのスタッフの心を通じて記憶され続けているということが、長文の原稿から感じられて嬉しかった。
 現場では個人的なプライバシーに関する出来事が大半なので、通信に載せられない内容が圧倒的に多く、ほとんどのことが外部には出せないのだが、何らかの形で、出会いと発見の感動を伝えたいという思いがある。
 音楽や絵画など芸術作品として表現できたらいいとも感じるのだが、それも芸術家も現実には難しい。施設長が「アートシーンとしての20年」と将来にむけてスタッフの展望を語っているのは、銀河の里の現場の仕事が、利用者と真剣勝負で向きあいながら、自分自身を見つめていく、芸術家の仕事と近いことを感じてのことと思う。
 銀河の里の取り組みの特徴は、スタッフが利用者と自分の関係を通じて、心のことに深い関心を持って注目をすることにあると思う。この10年を経て感じるのは、そうした心への関心は、制度やシステムで動く今の時代にはその余地が残されていないということだ。特に行政がらみの福祉の現場は、人間からかけ離れた管理とその体制だけが特化して要求される残酷なところがある。県や市の監査はむろん、第三者評価、情報公表といった近年の制度までも、一切人間を無視し、書類の整備にしか焦点は当てられていない。ましてや心のことなどは、存在さえ許されないような現状がある。
 制度やシステムは便利だが、それは人間を疎外し心を傷つけるということを、現場の痛みとして、あまのがわ通信では、かなり以前から訴えてきたように思う。
 人間や命の尊厳という言葉は書類上には溢れているが、現場ではそれが簡単に抹殺される。昨年の特養ホーム開設以来、そのことを我々は改めて思い知らされ、その苦闘はいまだに続いている。
 昨年2月、村上春樹がイスラエル賞を受賞した。イスラエルによるガザ地区攻撃の直後だったこともあり、受賞の拒否を求める声が広がった。苦慮しながらも、村上はイスラエルのその地に立ち、メッセージを伝えることを選んだ。そのメッセージは私にとって、震えが走るような衝撃的なものだった。「制度:システムは人間のたましいを傷つける」と明言したのである。
 文壇など既存社会から離れた所に身を置き、社会的発言はせず、海外で暮らすことも多かった村上は、オウム事件に衝撃を受け、それが転機となって日本社会への「自分の果たす責任」を考えるようになったという。それがなにか「探すだけではだめだ、なにか見つけなければいけない」とまで語り帰国する。そしてオウムを題材に初めてのノンフィクションを出版していくことになる。
 私なりの解釈では、明治以来、我々日本人は、極めて解りやすい答えを求めて生きてきた。富国強兵、立身出世、戦後は経済成長、安保闘争などと言った系譜がそれだ。そしてついにオウム事件で解りやすい答えを求める生き方は終焉したと村上は見たのではないか。彼は、個人の主体性を奪う集団の力をシステムと呼び、その本質が人々に考えることを止めさせるものだ見抜いた。現代は誰もがシステムに対して人格の一部を預けてしまっていて、浅い価値判断が至るところで行われる。それに抵抗する力として彼は物語の力を考えている。「物語の役割は、我々のたましいがシステムに絡み盗られないように常にそこに光をあて警鐘を鳴らすことだ」(1Q84)と言う。
 村上春樹はイスラエルの講演で、有名になった「卵と壁」のたとえを引いた。「私は卵の側に立ち続ける」という作家のメッセージは近年にない国際的にインパクトのある言葉ではなかったかろうか。そして昨年6月に、オウム以降の10年「何ができるか」と問い続けたひとつの結実として、小説「1Q84」が出版され世界的に大ヒットした。
 村上春樹は帰国直前、河合隼雄とアメリカで出会っている。「物語の力」を考える上で互いに大きな支えになっていたであろう二人の巨人の対話を想像するだけでときめく。その河合は「物語は何かと何かを繋ぐものだ」と言っている。切り刻んでくるシステムに抵抗するには、切り離されたものを繋ぐ戦いが必要なのかもしれない。 全てが壁側になってしまったような現代にあって、圧倒的な多勢に無勢ではあるが、あくまで銀河の里とそのスタッフも卵の側であり続けたい。
 記念号なので字数制限を設けなかったら長文の原稿が並んだ。これらは利用者とスタッフの関係のなかで紡いだ物語の一端であるように思う。答えの出しようのない人生のプロセスに迫る挑戦が現場に息づいている証のように思う。これからもひとりひとりが、自らの感性と知性を駆使しながら歩むことで新たな道を切り拓いていきたい。立ちはだかる敵の強大さに比して、通信は極めて貧弱で地味ではあるが、銀河の里の戦いの軌跡を描いていくはずだ。
 
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