トップページ > あまのがわ通信 > 2010年10月号 人間同士 どう想う(その2)

人間同士 どう想う(その2)【2010.10】
特養 酒井 隆太郎

 そして、当日2010年7月14日(水曜日)天候雨。先輩はいつものごとく静かに瞑想している様子ながら、どこかそわそわしているように感じた。出発は5時過ぎ。夕食前なので、男の料理で少々デカイ握り飯を2つ作り準備万端。雨も降っていたので早めに出発した。盛岡までは約50分。その車内で先輩は話しを始めた、北海道では木を切って、窯に入れて、ものすごく良い炭を焼いたったと話してくれる。
 また、俺たちの乗っている車から見える木々の名前をいろいろ教えてくれる。九州まで行って働いたことがあって、そのとき仕事の相棒がいたそうだ。おそらく人間同士の親友、相棒だったのだろうなと俺は感じた。当時は高速道路も無かったため3日もかかって車で九州に行った話しも出た。また道中いろいろな建物をみるたびに、ここの鉄筋は俺がやったんだよと懐かしそうに話してくれた。とにかく何でも取り組んだ先輩の人生、林業、工業、鉄鋼、大工何でもやった。普段は自分の世界に入り込んでいるようなことの多いその先輩が、今、俺に話しかけてくれている、まるで弟子に話しかけるように・・・
 男同士、人間同士、俺は何か時空を超えた世界に入り込んで行った、今にも2人で仕事に行くのではないか九州や北海道に旅に出るのではないか・・・と感じた。だんだん、盛岡が近づいて来た時に先輩が仕事の話しから切り替わった「プロレスなんて見れると思わなかった。なかなか見れるもんでもねえしな。」とプロレスの話題に入っていった。力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木。そこで俺はこれから見るプロレスの説明をした。先輩の時代のプロレスと現代のプロレスは当然全く違う、体の大きさや、技、爆弾のような迫力ある音、まずビックリするのではないかと思っていた。
 会場の岩手県営体育館に着いた。たくさんのプロレスファンでごったがえしていた。6時半ゴング10分前に会場内に入ると熱気で熱い会場になっており最高の雰囲気となっていた。先輩は、初めてだからか特別リングサイドの座席にもかかわらず、中間あたりの座席に座ろうとする。俺は先輩の手を引き最前列の特別リングサイドに誘導し腰を落ち着けた。そして、リングを背に先輩の記念写真を一枚撮った。そうしていると場内は暗くなり今日の組み合わせカードがアナウンスされゴングが連打された。
 先輩の顔が緊張した。第一試合は若手の育生選手。前座である。だが、盛り上がりは最高で、コーナーのトップロープ最上段からドロップキックが作裂。大技の一つであり技の切れや迫力やリングマットのデカイ音全て揃った素晴らしい見せ場だった。そのときには先輩の顔からは緊張が消え最高の表情で笑っていた。声援もしながらすんなりとプロレスに入っていった・・・
 昔のプロレスは体と体がぶつかり合うガチガチの試合であったが、最近の試合は、少々コメディがはいって、相手の顔の鼻をつまんで攻撃をするなどといった会場全体を笑いに包む場面がある。先輩は普通の笑い顔じゃなく完全に楽しんでいる顔となっていた。「ありゃ、鼻つまんでらじゃ。」(笑)
 試合が終了して選手が引き上げるときレスラーがリングサイドの先輩の前を通った。その時先輩は「やっぱり体が大きいなあ」とひと言。プロレスを初めて、しかも特別リングサイドで観戦しての実感があったと俺は嬉しかった。
 途中10分間の休憩があったので、何か残したいと思い、先輩と2入で写真を撮った、リングサイドで、肩を組んで俺と先輩の人間同士の証を残した。そして2入のお揃いシャツを購入した。
 中盤戦はベテランの選手が会場をさらに熱くさせた。先輩も俺も熱く観戦していた。先輩はあたりを見回し「女の人も、結構来てるもんだな」(先輩の隣は若い女性だったような・・・)。
 終盤戦のメインイベントはジュニアタッグ選手権、ベルトを賭けたタイトルマッチ。まさか、巡業でタイトルマッチがあるとは。確かにテレビカメラの数が多く、テレビ放映もされたようだ。そんなラッキーもあって、メインイベントも熱く盛り上がり終了した。しばらく先輩は座り込んでいた、疲れたのか眠くなったのか、ちょっと心配したが「いやいや、よかったな。ありがとう。」と俺の心に突き刺さる嬉しい言葉をかけてくれた。俺は、何も言うことは無かった。全ては人間同士、人と人が関係できる、裏も表も無い、ただ何かが好きだと言うだけで。
 ところで、ひんまがった俺は修正されたのか? いや、直ぐには修正できないだろう、でも今回先輩と出会えたことで修正への道ができたような気がする、たかがプロレスを観戦しに行っただけかもしれないが、俺の心には確実に刻まれた。2人の人間同士の証も残したわけで、生きている限り人間同士を繰り返し続けて行くこと、それが、ひんまがった俺を修正できる近道ではないかと感じる。81歳の先輩に敬意と感謝を忘れずに、生き続けて行きたい。
 帰り道、途中2人でラーメンを食った。先輩は、「注文してから数分で出てきた。早がったなあ。味も良いっけしよ。今までで一番だな。」と言っていたが、量が多く、腹が苦しいようでした。


 そしてその数日後、先輩は俺に名前を聞いてくれた・・・・  
〒025-0013 岩手県花巻市幸田4−116−1
TEL:0198-32-1788 FAX:0198-32-1757
HP:http://www.ginganosato.com/
E-mail: