トップページ > あまのがわ通信 > 2010年10月号 弥生さんの爪切り

弥生さんの爪切り【2010.10】
特養 中屋 なつき

 弥生さん(仮名)の爪は大抵いっつも伸びている。というのも、「おっかねぇ、やんか、やめてけろ!」と、えらく嫌がるからだ。誰もが気にかかってチャレンジするのだが、手や足を引っ込めてすばやく動くので、危なくて一人ではなかなか切ることができない。なんとかかんとかお話したりして気を紛らわし、その隙に指一本か二本分切るのがやっと…といった感じ。いつだったか、よく面会に来てくれる息子さんが見兼ねて(?!)切ってくれた時なんかは、おそらくえらい動いたんだろう、指の肉まで挟んでしまって大出血した、なんてこともあったくらいだ。あんまり嫌がる時には、無理はしないということが多い。だから不覚にもいっつも伸びている。


 弥生さんと今日も遊んでもらおうと思って訪室したある日、「おぉ、来たな♪」といつものようにベッド上で手をヒラヒラさせて迎えてくれた弥生さんの両手を見ると、案の定、両手の爪が伸びきっている…。どれ、足は? と見れば、こちらはもう一ヶ月くらい切ってない感じ。さすがに今日は心して切るぞ! と気合いを入れて爪切りを持ってきた私に、「おめ、何する気だ?」と、さっそく怪訝顔の弥生さん。ベッドサイドに腰掛け、「いたわしくて伸ばしてらったの? たいした長くなってらよ〜」とまずは足に手をかける。と、すかさず「なんだ?! やめろ、やめろ、終わり!」と足を引っ込める。「いやいや、まだ何にもしてないよ」「待って、待って、すぐ終わるから」などとやり取りしながらも、ちょっと切っては休み、ちょっと切っては休みを繰り返す。そのうちだんだん弥生さんも本気で怒り出した。
 「おめ、自分が今何してるかわかってるのか?」(急に静かな語り口)
 「え? んっとね…、爪切りしてるんだけど…」
 「あのな、いいか。おめはな、今、俺の指を切ってらのだぞ。(だんだん声がおっきくなってきて…)これはな、爪切りどころでねぇ、指切りだ!」(顔が怖い)
 「えぇ〜?(おかしくなって笑いながら)大丈夫、肉まで切らないように気をつけるから」
 「笑い事でねぇ! おめなんか二度とくるな、去れ!」(足でキック)
 「わぁ、ごめんなさい〜」(両手を挙げて降参)
 「謝らねったっていい! たんだ出てけ!」(ひゃあ〜)
 さすがに一旦やめて休憩かな…と思い始めたところへ、夕方の経管栄養をセットしに看護師の高橋さんがやってきた。
 「ありゃ〜、弥生さん、何ごしゃいでらの〜?」
 「ごしゃぐどころでねぇぞ。おめ、この馬鹿おなご、外さブン投げてけろ!」
 「ん〜? 何か悪いことしたってか〜?」
 高橋さん独特のふんわりムードで場が変わる。二人がお話しているうちに、なんとか両足の爪切りが終了。「いかったねぇ、弥生さん、さっぱりしたっちゃ〜」と、経管栄養をセットし終えて退室する高橋さん。あ〜、ありがとうございます〜!


 また二人きりになる。なんだか不思議と部屋の空気が変わっている。次は手の爪…とあえて無言で取り掛かると、「ん? んだな、伸びてらな」と、すんなり私の方へ手を差し出してくれる弥生さん。「いいか、指まで挟むなよ、痛ぇからな、ははは〜♪」と、さっきとは全く違ってビックリ。
 「草取りなんかすると土が入って、えんずくなるもんねぇ」 パチン。
 「そんだな。そんでもな、あんまり短けぇのも、何にも仕事にならねぇからな」
 「ほんだほんだ。あんまり短くは切らないよ」 パチン、パチン。
 「ほぉ! おめ、上手だじゃ、ぱつぱつってよぉ」
 「んでしょ? 私ね、爪切りするの、大好きだもん。任せて〜」 パッチン♪
 さっきまでとは打って変わって、ゆっくりお話しながら切ることができた。軽快な音が耳に心地良い。


 最後の仕上げでヤスリをかけようとすると、「そいつはくすぐったくてわがねかっけ、勘弁してけろじゃ」と言うから、思わず笑ってしまった。「あはは〜、おがしいか? おがしいなぁ」と弥生さんもニコニコしている。爪切り作業の時間だったけど、しっかりじっくり遊んでもらった感じ。ありがとう、弥生さん。また次の爪切りが楽しみだ。  

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