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河合隼雄先生追悼シンポジウムに参加して【2008.08】

ワークステージ 高橋 健
 

 7月21日に東京の九段会館大ホールで行われた「箱庭と河合隼雄先生」という河合先生を追悼するシンポジウムに理事長と僕の2人で参加した。会場には800人もの聴衆が集まっていた。僕は初めてシンポジウムに参加するということもあり、様々な分野の識者の話しから、どんな知的滋養を摂取することができるのかと期待しながら、「その時」を待っていた。


 シンポジウムの構成は三部に分かれており、第一部は翻訳家であり演劇評論家でもある松岡さんと脳科学者の茂木さんの講演となっており、第二部は臨床心理士の高野さんによる「箱庭療法による心理療法のプロセス」と題された事例発表。第三部は松岡さん、茂木さん、高野さん、京都大学の河合俊雄さんによる全体討論という構成になっていた。


 第一部での松岡さんの講演は、ご自身の専門であるシェイクスピアの著作を引きながら、まさに目から鱗が落ちるような議論を展開されていて、僕と理事長は「頭いいなぁー」と思わず感嘆してしまった。続く茂木さんの講演は数年前に「脳と仮想」というご自身の著書で<クオリア>(意識の中で立ち上がる、数量化できない微妙な質感)をキーワードに展開していた議論と、ほとんど変わらない話しをされていて、知的想像力を喚起するような話しではなかったのだが、茂木さんの人生経験も交えながらの洒脱で軽妙な語り口に僕はすっかり心を奪われていた。「肩の力が、程良く抜けた知識人」という印象を受けた。


 茂木さんは講演の中で、宇宙の中の森羅万象は、その客観的なふるまいにおいて数字に還元することができ、方程式で書くことができ、数字に還元できないものはこの世界に存在しない、または無視してもよいという近代の科学的世界観に、情熱的でラフな口調で批判を浴びせていた。茂木さんが敬愛する河合隼雄や小林秀雄やアインシュタインは、この強大な敵に闘いを挑み、勝負を決することができぬまま、果てていったのだと。


 「私達は<近代の檻>の虜囚なのではないか」なんて、一丁前に勿体ぶった疑問を抱き始めたのは僕が大学時代に貪るようにして本を読み始めた頃である。政治学や経済学で理論を構築する際に、政治や経済を運営するプレーヤーは人間であるので、必ずモデルとなる人間像を定位する。その人間像が、科学的世界観に毒されすぎていて、どれもこれも陳腐なのである。(人間は、常に理非を弁別しながら行動するといったもの)科学的に推し量ろうとしても、そこから溢れ出す所にこそ人間の本質があるというのに。近代という時代は論理的一貫性や整合性を追求するあまり、「理性的主体」などといった「ありもしない主体」を創りあげてしまったのだ。
 私達が生きている社会制度は、このような「エロス」や「他者」を全く欠いた、徹頭徹尾「ロゴス」を追求する近代的人間観を前提にして成り立っている。おそらく現代社会は社会制度の構造上、「エロス性」や「他者性」を醸成するような空間を欠いているのだろう。


 第二部での事例発表は、心的な病を患った青年が数年間に渡って作り上げた250を超える箱庭をスクリーンに映し出して、高野さんが、その箱庭を作成した時の青年の状況や内的世界の変遷を説明していくという非常に内容の濃い事例発表だった。スクリーン上からでも圧倒されるような印象を受けたが、実際に箱庭を作成する場に居合わせたら、さらに濃密な内的世界観に触れられるのだろうなと思った。


 第三部での全体討論では、箱庭を作成したことがある茂木さんが早速手榴弾を投げ込んだ。茂木さんは次のように主張した。箱庭を作成している時というのは、言葉に出来ないほどの内的なパワーが溢れ出している。その世界観を、ただスクリーンに映し出すだけでは、到底伝えられない。銀河の里のスタッフの皆さんはお気づきだろう。この茂木さんの主張は、銀河の里が抱える喫緊の課題と通底している。ついに「その時」がきたぁー!!と、血肉をわき踊らせたものの、茂木さんの手榴弾は不発で、識者の方々は静まりかえってしまった。それほど難しい問題なのである。


 常に揺れ動く運動体である銀河の里で起こっている出来事を言語化して、他者に伝達するのは絶望的なほどに困難である。近代的な価値観によって編成された言語体系を用いて銀河の里を表現することは不可能だろう。ただ、こうも言える。言語によって表現不可能だからこそ、言語を用いて表現する欲望が喚起され続けるのではないか。僕は、これからも銀河の里について語り続けることを止めないだろう。
 
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