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殯(もがり)の森の感想コーナー【2008.07】
 先日、2ヶ月に1度、銀河の里で定期的に行なわれているセミナーで「カンヌ映画祭」においてグランプリに輝いた『殯の森』を鑑賞しました。河瀬直美監督によって制作されたこの映画は、共に愛する人を失くし喪失感を抱えるグループホームに暮らす男性と、新任介護福祉士の女性が、森に墓参りに出かけるというのが大筋の物語です。原初のエネルギーあふれる盛夏の森で「生死の襞」をたゆたう叙事詩に、映画鑑賞後、スタッフの間に深い沈黙が流れました。今月から連載形式で、『殯の森』の感想をお届けしたいと思います。
 


グループホーム第1 佐藤 寛恵
 

 冒頭の鐘の音。死へとつながる音に、連なる人の足音。茶畑の中を葬列が歩んでいく。私自身そのような葬列の中に加わったことがあり、確かにあった死の上を歩いているような感覚が戻ってくるのを感じた。それを思い出すと同時に、圧倒的な「死」がじわじわと迫ってくるような、「死」と「生」の強力な匂いにどんどん惹きつけられてしまった感がある。見ていて目がスクリーンから離れられなくなっていくことだけ頭の中で理解しながら、多くの想いが揺さぶられていたように思う。自分の中に何かを探してそれが出会ってまた何かしらの反応を示すように、深いところで言葉にならない思いをかき混ぜていった、そんな映画を見たのだと思い返せば思い返すほど思う。


 この映画の中でのマチコとシゲキの2人には、死と隣り合って閉じ込めた思いがあるからこそ、生きながらに死に、死にながらに生きているという「死」と「生」を常に感じた。思いがその「生」や「死」に影響するからこそ、生きながらに死に、死にながらに生きることで肉体としての死に向かっていけるのだと思った。その中でもマチコがマチコの夫から浴びせられた言葉によって思いが閉じ込められ、感情の全てを奪われる。その後にそれを開放するのは何なのか、感情が死んだらどうやってまた感情が産まれてくるのか、グループホームを舞台として選んでくれて私はすごくほっとした気持ちになった。ここなのだと言ってくれているような気がしたからだ。感情が産まれていく過程、映画の中でもマチコが体験するが、本当にそのような体験があると感じている。


 映画のことを思い返せば思い返すほど、あの森の中に私も迷い込んでしまいそうなくらい、いろいろな思いだけ湧き上がって一向に言葉になろうとしないものたちと出会う。その迷路の中で、透き通ったピアノのメロディーが心地よく、隅から隅まで染み渡っていくそんな救われ感が鮮明に残っている。音が人の思いとなり、指先の先までまるで声を聞き取る器官のように敏感になって、ただ涙が溢れてくる。言葉を超えたものを歌っている、「死」と「生」の間の森にいる「わたし」をまざまざと見せ付けられたような、決して痛くない許された傷を私にも刻まれたような気がしている。
 


デイサービス 三浦 由美子
 

 デイサービスに勤務が決まった時、以前からメディアで取り上げられていた『殯の森』を自然と思い出し、レンタルショップへ行きかりて一度見たが、その時はあまり映画の中へ入ることはできなかった。しかし、今回の銀河セミナーでは『殯の森』へ自分も入りこんでしまったかのようであった。


 「生きるとは何ですか?」というような問いかけを主人公の認知症の方が住職へ聞くと、「生きることは、実感することです。」と住職は言った。それを聞いて今の自分は、生きていると実感できているのか疑問に思ってしまったが、住職の言葉には納得するものがあった。その場面では、若い女性の方とおじいさんは生きることに失望しつつあったのかもしれないが、二人で森へ入り始めると親しい人の死について向かい続けていることが、二人にとって生きる実感になっているように感じた。親しい人の死により、二人の心が重なりリンクして二人は生きることに実感し始めたのかもしれない。そして、一度心が繋がると女性はおじいさんを全力で守りついて行き、なんだか女性の方の強さが増した気がした。


 グループホームという場所で、このような関係になることは実際にはそう簡単には見られないと思うが、銀河の里ではあり得るのではないかと見ていて思った。私は、まだ余裕のないせいか、一人一人を深く見て、その人の人生を深く考え受けとめることがまだまだであると思う。決められた時間や利用者皆さんの安全を考えると、どこまでその人の世界に入っていいのか迷ってしまう部分が正直ある。映画の中で、認知症の方の世界が広がり女性はとことんついて行った。ついて行かざるおえなかったのかもしれないが、私があの女性の立場だったらどうしていたのか考えてしまうと、自分の無力さを痛感する。表向きではない「本気」が必要なのだと強く感じた。見ていて何度も自分に問いかけていた。「本気だしてますか?」過去に実際に問いかけられた言葉である。やはり本気を出していないと見抜かれてしまう。そして、本気でなければ進めないと思った。


 今、実際に認知症の方と時間を共にしている。一人一人が、この場所に来るまで私の想像できないほどの経験をされて来たと感じるが、その一人一人の人生と関われることがとてもありがたい。しかし、自分ばかりが何かを与えてもらうことにこれでいいのかと考えてしまう。これから、『殯の森』を目指してその方の人生と向き合いたい。

 
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