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コメさんの転倒と、骨折【2008.07】

グループホーム第1 前川 紗智子
 

 あんなに歩いて歩いたコメさんも、今年の正月はなんだか元気が無く、椅子に座ってウトウト居眠りなんてことも多くなり、体が年を感じてきたのかなぁ”なんて思っていた。ところが春になって、いろんなものが始まりを迎えると、コメさんも以前の感じを取り戻したかのように、パキパキ、せっせと仕事モードになってきた。“よしよしいいぞ、私もコメさんに引っぱられて、里の暮らしをいろいろ学んで育ててもらったんだ。今年の新人さんを引っぱっていってほしいなぁ・・・”。
 でも、ここでしっかり意識しなきゃいけなかった。もう私が鍛えてもらっていた頃の体ではない。気持ちが年取らないことはすばらしいことで、その気持ちで体を支えているという側面もあるが、気持ちのレベルと体のレベルがアンバランスになればなるほど、リスクも大きくなる。そのことにコメさんが転倒してから気付いたのだった。
 転倒して歩けないコメさんと、すがるような思いで病院へ行く。だが、レントゲンがうまくとれず診断できないとの事。ちょうどゴールデンウィークの前だったのだが、連休明けに再受診をするように言われる。その病院では骨折の手術はできないとのことだった。そうであれば、骨折の疑いがある時点で、他の総合病院への紹介を期待したが、そうしてはもらえなかった。祈るような思いと絶対安静の状態で、長い長い連休が明けて、再受診に家族さんと共に行った。骨折となれば、紹介状をもらって手術のための転院する必要があるが、午前中でなければ受付けてもらえないので焦る。しかしなかなか順番がこない。。診察券は並んで出したのに・・・。2時間近く待って、診察室に入るなり信じられない言葉。
「手術する気ないでしょ?」
 え?!びっくりしすぎて言葉も出ない。“そりゃ手術しなくても済むならしないし、必要ならするでしょ?まずその骨の状態見てから処置の選択肢おしえてよ・・・”家族さんへもどうなのかと言葉がとぶ。家族さんとしては、手術は必要であればしてもらいたいが、認知症だから、そこをわかった上で、適当な対応を得られるかが心配だというものだったのだが、家族さんが「認知症もあるので・・・」といいかけたその話の途中に割り込んできて医者はこういった。
「手術しても意味があるかってことだよねぇ」“はぁ?何言ってんの!”
「もともと歩かないんでしょ?」“誰がいつそんなこといったんだよ!歩いてたし。” もう怒りを通り越してあきれてものも言えないとはこのことだ。やっとの思いで、「歩けるし小走りだってするし、他の人よりも元気なくらいだったんだ」ということを伝え、だからできればまた歩くことを目指したい、当然手術を希望することを伝える。 「まぁまずレントゲンとって」“そうだよ、それさきだろ・・・”


 レントゲンの結果、きれいに骨折していた・・・。やっと紹介状をもらうが、総合病院の午前の受付は終了。ドクターから電話を入れてもらって今日中に総合病院で受け入れてもらえるよう手配してもらえないかと相談するがそれも叶わなかった。
 診察室を出て、家族さんも私も言葉が出てこない。やっと「これはないですね。」とぼそり私が言うと、息子さんも「ありゃ医者じゃなくてただの骨接ぎだな。」 いやいや、もう骨接ぎ以下だ。骨のことだけでも見てくれればいいのに、認知症の骨折は直す価値なしとみなして骨すらみないという域だった。認知症に対して無理解、曲がった見方をしている。それはそれで出会いがなければわからないのだし仕方の無いことかもしれないが、それを医者として診察室に持ち込んでほしくなかった。人として、息子さんに浴びせてほしくなかった。


 人は、診察室の椅子に座った瞬間に、その人ではなく、「患者」になる。患者で重要なのは患っている部分であって、その人全体ではない。だから医者には骨や、認知症しか見えない。その人の全体、人生や暮らしはなおざりにされて、患者としてしか存在を許されず、全体性が切り刻まれるようにしてその人は傷つけられる。これは病院において端的に表れるが、私たちもそれを承知で、病院を健康の為に利用しているのに過ぎない。それが本末転倒して、社会全体がそうした人間分断の圧力を高めつつあることは問題だと思う。
 その後、コメさんは総合病院で無事手術し、1ヶ月弱の入院の後、銀河の里に戻り、今では手引き歩行もできる状態までに回復してきている。


 今回の事から、我々現場の覚悟として、認知症への理解がまだまだ低いなか、認知症の人の暮らしや人生のありようを、しっかりと外へも伝えていく力を持って対峙しなくてはならないと感じたのだった。


 

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