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おすすめの本 『霊的人間 魂のアルケオロジー』【2008.05】

宮澤 京子
 

 『霊的人間』魂のアルケオロジー 鎌田東二著 作品社 2006年


 アルケオロジーとは、始源学・考古学の意味である。宗教性や霊性を鍛える機会が皆無に近い現代であるが、それらを鍛え深め、魂の完成を目指す根源的「知」を探求した霊的人間を発掘する試みとしてこの本は著された。それが未来を照らす意味でいかに重要な仕事か、福祉現場にあるものとして思い知らされる。


鎌田東二の21世紀の新たなる「モノ学」の構築
 「物」から「者」を経て「霊(モノ)」に至る「モノ」感覚の広がりと創造のかたちを丸ごと捉えていく。この本『霊的人間』は、その試みの「モノのはじまり」であるという。混乱を極める21世紀を生き始めた私たちに必要な知と力とは、生の多様の中に息づき立ち現れてくる、「潜在」的で「普遍」的なモノを見透す想像力ではないかとしている。
 本書で取り上げた「霊的人間」9名(ヘッセ・ブレイク・ゲーテ・本居宣長・上田秋成・平田篤胤・稲垣足穂・イエイツ・ラフカディオ.ハーン)は、それぞれの探求と叡智的直感を通じて、そうした想像力を予感し、それぞれの時代と地域の困難を生きぬこうとした。彼らは、人間の「原型」を探求する旅に出た旅人であり、存在の根源としての魂のアルケオロジーを追い求める捜索者だという。
 臨床の現場で認知症の人や、障害者と向き合う我々に必要なのはこうした霊性の可能性の探求であることは論をまたない。我々がどこかで魂の探求者であり、そうした捜索の旅人の側面を失ったとき、支援という美名の裏からたちまち傲慢と暴力が吹き出して荒れ狂うことになる。福祉現場が、管理と扱いに流れ、心やたましいを見いだせないまま荒廃化している現状を見るにつけ、著者の取り組みを我同志として共感してしまうのである。
 先月、京都で行われた河合隼雄先生の追悼シンポジュウムで、河合先生が“うそつきクラブ”の代表であるなら、ぼくは“法螺吹き東二”であると、法螺貝を吹いて追悼した著者の姿をこの目で見て、いっぺんに魅せられてしまい、今まで挑戦しては挫折して読めなかった東二の本がそれから読めるようになったのは不思議なモノである。とはいえここに挙げられた霊的人間9人は、私にはかなり手強いので、そこは直接本書に当たってもらうとして、私は勝手に霊的人間10人目の鎌田東二の「モノ学」の紹介にとどめる。
 彼は子どもの頃「モノのけ」()を何度も目撃し、10歳で『古事記』の「モノがたり」を読み、 平田篤胤や柳田国男や折口信夫の「モノのけ」研究にインスパイアーした。ここ数年は、本居宣長の「モノのあはれ」論を吟味する。そして柳宗悦の民藝運動などの「モノづくり」伝承の厚みに“驚覚”を重ねているという。
 確かに我々日本人はモノと人の間に隔たりが薄い感じがあり、むしろモノにこそ霊性が宿るととらえる所がある。一昨年文楽を初めてみて、モノである人形に託すことで、より深く情念の湧き上がりを表現することができるということに驚かされた。文楽が他の操り人形と違うのは人形の周囲に黒子も含め多くの人間がうごめいていることだ。さらに太夫の謡いの凄まじさ、その上三味線との駆け引き。本体にまつわる多くの生き霊のうごめきがあってひとつの生があると言わんばかりの構成だ。情念という心の底の動きを描こうとして完成されたひとつの形態だと驚覚したものだ。
 本書でも、日本列島文化においては「モノ」の見方の中に「霊性」の働きがあったと考えるようになって、「モノ」は単なる物質でもなく物体でもなく、「者(モノ)性」も「霊(モノ)性」もともに内在させている。と述べ、この物質・物体から人格的存在(者)を経て霊性的存在にも及ぶ「モノ」の位相とグラデーションの繊細微妙さ。と日本文化の霊性の深さを讃えている。ドナルド・キーンは「モノのあはれ」を、a sensitivity to things :モノへの敏感さと訳したが、著者はthings では違うとしてa sensitivity to spirituality :霊性への敏感さ、を指摘する。
 「モノ」に即して思念シ、「モノのけ」を感受し、また「モノがたり」しつつ「モノづくり」に励んできた日本人の生活文化の蓄積があるという東二の「モノ尽くし」は、銀河の里のありようと深くリンクしていると感じながら、私の中に銀河の里「モノまんだら」の発想がわき上がった。翁と童、地方と中央、生産と消費、豊饒と疲弊・飽食と飢餓・聖と俗・天と地、光と影・農と能と脳とNo、個性・多様性・活動体・老・病・障、弱、祈り・芸術・世界全体の幸福といった様々な対比や状況が霊性の源として渦を巻いている。里の若者達と共に、それらと向き合いながら自らの霊性を通して根源的な「知」を受け継ぎ時代の困難を自在に生き抜いていきたいものだ。
 
 
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