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ある日の入浴 「一人じゃ入りたくないよ」【2008.03】

デイサービス 藤井 覚子
 

 脱衣場のスタッフから「敦子さん(仮名)が誰か女の人連れてきてちょうだいと言ってます」と聞かされたのが始まりだった。私が脱衣場に行くと少し険しい表情の敦子さんがいた。「敦子さん、お待たせ」と言うと「ひとりじゃ嫌だと思っていたの、あんたも早く入りなさい」と言う。「私も中まで一緒に行きます」と言って敦子さんが服を脱ぐのを手伝おうとすると「私のことはいいから早く脱いじゃいなさい」ピリピリとし始める。「敦子さん、私が背中擦るから」と言うが、私も服を脱いで一緒に入ることに敦子さんの中では決まっているようで納得してもらえない。
 どうしようと戸惑っていると、敦子さんは裸になって、湯船に入ったものの、敦子さんからすれば一緒に当然入るべき私が服も脱がないのが許せない。「早くしなさい!」と厳しい視線を私に向ける。湯船に浸かれば少し気持ちも変わるかなと思ったのは思い違いだった。 「嘘つき女!!」と浴室に響く声。「えっ?!」と固まる私。睨み付ける敦子さんの顔を見ながら言葉を失う。「敦子さん。私背中擦るよ。そろそろ上がらねっか?」と声をかけるが、私を睨み付けて頑として上がろうとしない。仕方なく他のスタッフに声をかけてもらってみたが変わらない。
 私はもう腹を決めて服を脱いで湯船に入った。すると敦子さんの表情はみるみる柔らかくなってさっきまでの険しい表情はどこへやら。「そんなに熱くないわよ、背中を擦ってちょうだい」とにこやかになり、気持ちが落ち着いた。
 湯船から上がってからは「ちょっと手伝ってちょうだい」と自分から頼んできてくれて、着替えをたたむ私に「要領よくたたんでいるじゃない」とニコッと微笑む。一緒に入浴しようと決めるまで私自身、仕事的に考え、なかなか踏ん切りがつかないところがあったがいざ入ってみると一緒に入浴を楽しめる自分がいた。
 一対一で向き合っていると、時にはどうしたらいいのか分からなくなることがある。「こうすればうまくいく」 というようなものはなくてその場その場で違う状況がある。声掛けもタイミングも毎日が手探りだ。でもなかなかうまくいかない時に限って見えてくるものがたくさんあることを今回の敦子さんとの入浴を通して感じた。「ひとりじゃ入りたくないよ」というのは敬子さんの本音だったと思うし、その時に私は一緒に入る人として選ばれたんだと思う。選ばれた私自身がそれをきちんと引き受けることができるかどうかが、勝負として常に問われる現場にいるんだということ強く感じる日々である。


 

 
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