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ハナさんの認定調査【2008.02】

グループホーム第1 山岡 睦
 

 「自然と大きくおがってくんだ。人間もそうなりてな。空さ届くんだじゃ。」
 窓の外の雪で覆われながらも空へ向かって伸びる木を見て、なんともいえない表情でハナさんは言った。認定調査中の真っ最中のことだった。私はハナさん (仮名)と窓の外を見ながら、しばらく眺めていた。調査の絡まない会話に流れる気まずい空気を払うようにハナさんはそう言ったような気がした。


 

 ハナさんの認定調査の日、調査員の方と、息子さん、ハナさん、そして私はハナさんの居室に入った。私は認定調査の場につきあうのは初めてで、少し緊張していた。
 椅子に座って間もなく、質問が始まる。「名前はなんですか?」耳が遠いハナさんにはなかなか質問が入っていかない。マイペースにお茶をすするハナさん。ひとまず、息子さんと私への質疑応答になる。
 ハナさんはこの半年、ほとんど車椅子で過ごすようになった。調査員はハナさんに「つかまって立てますか?支えずに10秒立てますか?」と質問した。
 お決まりの質問事項はいつも味気ない。10秒立てたからといって何になるんだろう・・・出来ればやって見せてほしいと言われる。「ハナさん、納得しないよな・・・」と思いつつ、声をかけてみる。案の定「何したってや?ごちゃごちゃと・・・ちゃんちゃらおかしぃ〜!こばかたれだな、ヘラヘラって。座りてえから座ってるのよ。」と怒る。そうだよな、失礼しました。調査員も、「あ、無理しなくていいです・・・」となる。
 馬鹿くさいとばかり質問そっちのけでハナさんは外の景色を見ている。自分の家の窓から見ている感じで、「あの小屋はおめが借りたのか?」と息子さんに言う。親子の雰囲気が出る。
 調査は進まない。再度ハナさんへの質問。「名前を教えてください」「何?なまこ?」やはり絡まない。調査員は「う〜ん・・・」と質問をやめてしまう。でもいくらかせっかくハナさんが聞こうとしているのでチャンスではある、ここで迫ってほしい。そこで私がもう一度聞く。調査員も気を取り直し私の後に続いてももう一度聞く。
 「名前?ハナよ」と、ハナさんはぽかんとして答える。「苗字は?」と聞かれ、「苗字?○○(旧姓)よ。おめ、今までこうして話しでてわがんねがったってが?」と笑う。確かに、これだけ話をしながら今更名前を聞かれるってちょっとおかしい。形式的なやりとりに、ハナさんの鋭い突込みが入る。  さらに質問は続く。「何歳ですか?」「生年月日は?」「今は春ですか?夏ですか?・・・」聞かなければならない質問なのだろうけれど、唐突に聞かれるわ、はっきりと聞こえないわで、わけがわからないハナさん。「何?おめ何聞きてのや?はっきり言ったらいがべじゃ!」と堪り兼ねて怒って言い放つ。
 そうだよなぁ。介護認定を受けなきゃ行けないから、調査員も調査をするのだけど、ハナさんの暮らしや人生にとっては、形だけで意味のないものにしか思えない。そんな事より、ハナさんと一緒に外を眺めること、同じものを見ながら語り合うことのがすごく深くて意味のあることに違いない。そこを取り違えると、制度と人生の狭間に認知症高齢者が遺棄されることも起こりうる現実がある。
 もちろん調査の手続きと、臨床現場の姿勢は違って当然としても、介護を受ける対象者として扱うのと、その人と一緒に生きる事は決定的な違いは認識しておく必要がある。私たちは制度の運用のなかでそのことを忘れず、自戒する必要がある。中身のないやりとりは軽くてすぐに消えてしまう。本気で相手に向かい、関わることはお互いの中に何かが生まれてくる。そこにこそ人生が在ると信じる。今回は“相手としっかり向き合う”ことの意味をハナさんに教えられたような気がする。


 

 
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