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湯けむりの中で【2008.02】

グループホーム第2 堀中 直美
 

 久しぶりの日勤帯での勤務の日。朝食を終え、のんびりと暖炉の前のテーブルでコーヒータイムが始まる。私の前では、明るい日差しに目を細めながらゆっくりとコーヒーを飲んでいる久子さん(仮名)が座っている。
 久子さんはもう半年もお風呂に入っていない。スタッフもデイのお風呂を借りたり温泉に誘ったりあの手この手を使ってアプローチはしてきたのだけど、半年も経ってしまってその間足浴と清拭だけで過ごしている。
 彼女には、独特の久子ワールドがあって、お風呂に関しても「お風呂はバイ菌で汚染されている」と頑なに思い込んでしまっている。スタッフがいくら「大丈夫、掃除して綺麗だ」と説得しても、彼女の作りあげた物語が訂正される事はない。そうはいってもお風呂に何とか入ってもらいたいとみんなで頭を悩ませていたところだった。
 「今日の私の日勤でやるしかない」とどこか決意していたところが私にはあったような気がする。私はコーヒーを飲んでいる久子さんに「日差しが暖かくていいネェ。こんな日は明るいうちに温泉でも入りたいものだネェ。そういえば、隣の銭湯、風呂の水全部流して大掃除してらっけ。さっき覗いてきたら、大勢の人たちでピカピカに磨いてだよ」と、世間話をするようにあくまでも何気なくさりげなく言ってみた。すると意外にも 「オレ、頭よ洗いてども、なんじょするがぁと思って……」とボソリと呟くように言うではないか。
「……ん?エッ?もしかして手ごたえあり??」と私は揺り動かせられる。しかしここで慌ててはいけないと、意識して何気なくさりげなく話を続けてみる。
「私、一番風呂入って来るがなあ」と、だけ言って後は天に(久子さんに)まかせることにした。
 それから2時間も過ぎた、昼ご飯を食べている最中、久子さんが私に話しかけてきた。
「何時頃行ぐって?」「きたぞー」と私の気持ちは色めき立つが抑えて抑えて・・・。
「まめから湯?一番風呂だったら2時頃だなあ」と平静を装って応えながら心の中では!「やったやった!」半年振りの豆から湯の復活だ!!と叫んでしまっている。 (豆から湯とは、久子さんワールドではデイサービスのお風呂は、豆の殻を燃やして温めている“豆から湯”になっている。本当にイメージの豊かな人だなあ。)
 2時になって、私はうきうきと、久子さんとデイサービスまで歩いていった。彼女は律儀な方だから、千円札を私に渡して、「これ、風呂代と洗濯代」と言って入浴料を払ってくれる。とりあえずそれを受け取り、ともかくお風呂へ。私も一緒に入り肩まで湯に浸かった。湯けむりの中で、久子さんは「あー、いい湯だあ」としみじみ呟やく。湯船から上がると私は半年ぶりのこの時とばかりに、久子さんの背中を思いっきりゴシゴシ洗い、頭をジャブジャブとシャンプーした。
「オレばっかり洗ってもらって申し訳ないじゃ。オメも洗え!」と気遣ってくれる久子さんに、「裸の付き合いっていいもんだねェ。また一緒に来て入ろう!」と返した。
 今日は“大寒”だったけど、私は身も心も、豆から湯に浸と久子さんのおかげでポッカポカに暖かかった。久子さんも半年振りに目いっぱい手足を伸ばして入ったお風呂で、身の芯まで温まったに違いないと感じた。
 “思いが伝わり納得しあえたこの瞬間に。”感謝。


 

 
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