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言葉、気持ち、すれ違って繋がる似たもの同士【2010.09】

特養ユニット「すばる」村上 ほなみ
 

 花巻の花火の日が近づく。私は特養の利用者さんと見に行くのが楽しみで何週間も前からワクワクしていた。
 8月に入ってすぐに、シサさん(仮名)に花火を見に行くことを伝えると、部屋の暦の21日を指差して「もう少しだね〜。今年も行けるのかなぁ?」と笑顔で話すシサさん。誰から聞いたのか、もう既に日にちを知っていた。いつからだろう…シサさんとこんなに自然に外出することを約束できるようになったのは。入浴も食事もいつも格闘で、出かけるなんて大げんかになったのに、今は当たり前に出かけられるのが嬉しい。なんだか不思議な気持ちになる。でも、もちろんまだまだ挑戦であることは間違いない。ワクワクとドキドキで、花火の日が待ち遠しかった。
 前日、私はシサさんに浴衣を着ないかと話を出した。中屋さんに借りた紺色の浴衣に赤色の帯。私と2人の“特別”で着たかった。着ないと言われるのは分かっていたが、とりあえず伝える。すると予想通り仏頂面で「…着ない!!」とテレビの方を向いてしまった。でも…やっぱり、本当は着たいはず!横目でチラチラと浴衣を見ている。
 私は黙って部屋のたんすの上に赤い帯が見えるようにして置いた。夜、部屋を覗くと、その帯に手を掛けているシサさん。“やっぱり!!かわいい…”と思って、そっと立ち去りながら、“明日、なんとしても着てもらおう!!”と決意したのだった。
 当日、準備をしている私にシサさんから話し掛けてきた。「今日行くんだもんね!?」と笑顔で語りかけられて驚いた。「うん!お茶、あったらいいよね!?」と簡単に返事をして、浴衣を取りにシサさんの部屋に急いだ。“よし今こそ…挑戦!!”と思って部屋に入ると、たんすの上に置いていた帯はかたづけられていた。“だめかな”と感じながら浴衣を持って私はそのまま邦恵さん(仮名)の部屋に入った。邦恵さんはいつもと違って、笑っているのだが、全く目を見てくれない。“ご機嫌斜め?”と思ったが、邦恵さんの視線で分かった。「浴衣、着て行く?」と言うと邦恵さんの目が輝いた。リビングにはシサさんが居る。“邦恵さんが着ているのを見たら、どう動くのかな…”と思いながら、出発の準備に戻った。
 夕食後、邦恵さんの着付けをしてもらう。浴衣姿に、いろんな人 が声を掛けて「!似合うよ!?邦恵さん、素敵!!」と言われ、涙を浮かべていた。2人でリビングに出ると「あら〜、いいねぇ!!」 と迎えてくれた祥子さん(仮名)の隣で、こちらを見るシサさんが居た。
 また複雑な気持ち。シサさんの顔を見て嫌な予感がした…案の定、出発直前になって「行かない!」と下を向くシサさん。本当のことはわからないけれど、きっと浴衣着たかっただろうな…と思う。もちろん、行かない訳はなく他の利用者さんが車に向かい始めると「やっぱ行く」と自走し車に向かう。私と邦恵さんの席は隣。浴衣を着た2人を前川さんが写真に残してくれた。照れながらも「イエーイ」とピースする邦恵さん。
 後ろにはシサさんが居てずっと見ている。何も言葉を交わさないまま会場に着き邦恵さんの車椅子を押して1番前に陣取ってシサさんを迎えに走った。
 邦恵さんの車椅子とシサさんの車椅子を少し間を開けて並べた。花火が始まるまでの時間、私が話し掛けるのはどうしても邦恵さん。モヤモヤした気持ちで2人の間に座っていると、シサさんから話し掛けてきてくれた。「まだなの?ここなら見えるもんね!!1番いいところだ〜★」この一言で私は…救われた。いつもシサさんは、こうして自分から取り直してきてくれる。「そうだね!もうそろそろだと思うよ!!」そう言って、私は邦恵さんの右手とシサさんの左手をぎゅっと握った。ぎゅっと握り返してくれる邦恵さんとぎゅーっと握り続けるシサさん。そんな小さな違いを大きく感じた。
 言葉でうまく繋がれず、不器用にしか表現できずいつも衝突し合うシサさんと私。言葉のない会話で、楽しい時間も苦しい時も感じ合える邦恵さん。真逆の位置に居るシサさんと邦恵さんの手を繋いで花火を待っていた。ぎこちないながらも繋がっている感触があった。何かで“特別”を作らなくても、こうして一緒に居るのが“特別”だった。無言の時間。3人の“特別”な時間。“言葉なんて、上手く使えなくても、繋がるって、こういうことだよ!”そう思える時間だった。


夜空に上がる、真っ赤な花火

 

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