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発見の喜び【2010.09】

理事長 宮澤 健
 

 先日、銀河の里の読書会を開いた。以前「銀河セミナー」をやっていたがテーマは「最初の10年、最後の10年」だった。つまり、銀河の里の創立者である私や施設長にとっては最後の社会人生活で、新人にとっては最初の10年で、人材育成、世代を引き継ぐ重要な10年と意気込んだが、思ったように若者は育たず、こちらは歳をとるばかりで疲れてしまい、その最初の10年もすでに4年が過ぎてしまった。
 ただ、挫折したかのようにみえた最初の10年も、今見渡せば、それぞれの部署で元気の良い若者が育ちつつあり、捨てたものではないと期待を持てる気配もある。ここらで気を取り直して、セミナーとは行かないまでも、読書会でもやってちょっと知的な刺激で、この先に期待しようと開催となった。
 今年に入って施設長は、巷でのケアの新しい模索はないかと本を読みあさったが、あまり期待できそうなものには出会えなかった。「ケアを拓く」という岩波のシリーズは悪くはないが、現場の感覚からはいまいちという感じも拭えない。そんななかで「ケアを問い直す」は「深層の時間」:生者の時間と死者の時間がクロスする場所などと、異界との接点や魂のことも語っていてよしとなったのだが、読み込むと80年代に河合先生が論述された「生と死の接点」あたりの内容の焼き直し的なところもあり、若干失望気味になった。ただ、河合先生の提言のひとつの展開としては貴重ではないかと気を取り直しながら、熟読を試みた読書会となった。
 銀河の里の命運をかけ、昨年運営を開始した特養へのエールの意味も込めて、施設長が書き始めた「未来への新たな地平」はそうした現状からなかなか新たな地平を開けないまま、連載は中断しがちで、現場の苦衷のさなかでの読書会でもあった。
 ただ草創期が激流であることは当たり前なのだと思う。ただ疾風怒濤を堪え忍び突き進む悪戦苦闘能力がひとりひとりに求められる。ここを堪え忍び生き残る力と運を持っていなければならないとすれば、それは誰にでもできることではない。
 読書会のそれぞれの発言によって明らかになってきたのは、我々はかなり厳しいサバイバルの時代を生きているということだった。高度にシステム化され、制度化された情報化社会は便利さを極めてはいるのだが、あまりに人工的で、自然を失って、ゆとりがなく、感性や情が機能しにくい。その中で人間の個性や心、気持ち、情、魂などは相手にされず、惨殺されることが日常的にあるということだ。
 たとえばデイでは毎年情報公開があり、グループホームには第三者評価というのがある。これらは福祉施設が密室になり、虐待など暴力がはびこるのを防ぐ目的で行われているのだが、現実は書類の整備とマニュアル化が求められるだけで、人間が顧みられる事はない。「これだけ人間が集まって色濃く生きている現場に来てあなたたちは人間を観ようとしないのか」と苦言を呈したこともあるが、「見ていますよ」と軽く返されて、その通じなさに失望したものだ。こんなことを10年も続ければ、現場の若いスタッフは、人間を見てはいけないんだと勘違いするだろう。
 銀河の里のデイは認知症の在宅支援の現場として他ではできない技術と経験を持ち積み上げてきているはずだが、そのリーダーである藤井さんが、情報公開でフラフラになってしまう。個別に対応する繊細な関わりは全く無視され、一般化された書類とはんこだけが必要だと言われているような脅迫観念にやられてしまうのだ。
 おそらくこれが、現代の社会の現実なのだ。ロゴスで切り刻みエロスは抹殺されている状況。人間の思いや情は全く相手にされない。
 こうした社会の現状と向きあい、戦う姿勢でいるのが銀河の里なのだと思う。この通信には、現場のひとりひとりが人間の物語、関係の物語を書いてくれている。ただそれらは大多数の人々は読むのが苦しいのではないかと危惧する。通信がほとんど読まれていないこともどこかで感じる。極めて一部の人が、強い関心を持ってくれるだけという極端な偏りがあると思う。
 この現実をどう打開していけばいいのか今のところ解らない。ただ、現代の人々が若者を中心に、美術や音楽を始め、目に見えないなにかに強い関心を持っている感触もあるので、捨てたものではないとは思うのだが、高齢者や障がい者の命や魂への関心に繋ぐには我々現場の感性が重要になってくると思う。
 こんなことを考えているので、銀河の里は怪しいとか、宗教だとか、果ては悪いやつだとかネガティブな陰口が満ちているが、他とは全く違った方向を目指しているとすればそれも当然のことでむしろ先駆的である証拠と考えてもいいだろう。
 人間は謎かけに満ちているので、その謎解きが銀河の里のやろうとしている仕事だと説明すれば近いかもしれない。つまり里の現場は発見の喜びに賭けていると言っていいだろう。数学者の岡潔は寺田寅彦の言った「発見の鋭い喜び」を取り上げて、学問上の発見の喜びを人生の至福としてとらえている。我々も現場にあって、好奇心、探求心を奮い立たせ、想像力を駆使して謎や難題を解き明かし、発見する姿勢で臨む中にケアの仕事の醍醐味に触れることができると信じる。それができなければ介護作業を繰り返すだけの、社会的に評価の低い仕事として定着して終わってしまいそうだ。

 

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